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Wednesday, October 30, 2013

「語られないアメリカ史」の作者オリバー・ストーン、「語られない日本史」を展示する資料館を訪問 (高實康稔館長による報告) Oliver Stone, coauthor of "Untold History of the United States" visits museum of "Untold History of Japan" (Yasunori Takazane)

「岡まさはる記念長崎平和資料館」のニュースレター「西坂だより」の2013年10月1日号(第71号)に、館長高實康稔氏による、この夏オリバー・ストーン監督が資料館に訪れたときの報告が巻頭文として掲載されています。高實氏の許可を得てここに掲載します。当ブログ運営人の私(乗松聡子)はオリバー・ストーンとピーター・カズニック2013年の夏の来日、来沖を企画・同行しましたが、この資料館は日本の歴史記憶の中で欠けがちである日本の侵略と植民地支配の歴史、被爆都市長崎における朝鮮人被爆者の被害の記録、朝鮮人強制連行労働者たちの苦悩の記録を記しているところです。私は2007年に初めて訪れて以来会員となり、民間の寄付と入場料だけで成り立っているこの孤高の資料館を応援してきました。日本人なら誰でも一度は訪れるべき場所と思っています。「語られないアメリカ史」The Untold History of the United States という大作(ドキュメンタリー映像シリーズと本)を昨年から今年にかけて世に出したオリバー・ストーン監督とピーター・カズニック教授にとって、この「語られない日本史」を地道に語る資料館こそ長崎で訪問するにふさわしい場所ではないかと思って勧めました。オリバーは猛暑と多忙な日程の中で予定を調整したり体調を整えたりしながらスケジュールをこなしていましたが、この資料館の話を私から聞いたときから「ここだけは絶対行きたい」とずっと楽しみにしていました。「Oka Masaharu」という日本語の名前は覚えにくく、彼の中では Atrocity Museum (アトロシティー・ミュージアム「虐殺資料館」)という理解になっていました。訪問したのは8月10日だったのですが、8月8日に日テレの「ニュース0」の村尾キャスターとの対談を行った長崎港のターミナル近辺に長崎市の主要観光地の地図があり、それを見て私に「今度行く虐殺資料館はどこだ」と訊ねました。私は「残念ながら公共のマップにこの資料館が出ていることはまずありません」と答えざるを得ませんでした。この資料館は多くの観光客が訪れる「26聖人殉教地」のすぐ近くにあります。長崎駅から歩いて5分ほど。地図はここ。オリバーが訪問したことを長崎新聞、NHKワールド、朝日新聞などが取り上げ、オリバーもことあるごとにインタビューなどで触れているので問い合わせが増え、来訪客も増えたようです。これを読む皆さんも長崎でぜひ行って見てください。オリバーはいまだに名前がなかなか言えず、「長崎に小さいが大変重要な資料館がある」としか言わないのですが、名前は「岡まさはる記念長崎平和資料館」です。@PeacePhilosophy
 
 
8月10日、資料館にて、左からオリバー・ストーン監督、館長の高實康稔氏、
同行・通訳を務めたピースボート共同代表の川崎哲氏。(写真は川崎氏提供)
 
 
 
評価された資料館の存在

―オリバー・ストーン監督が残した言葉―
 

岡まさはる記念長崎平和資料館理事長 髙實康稔

 

大盛況のシンポジウムにて

 本年8月8日、長崎ピースウィーク実行委員会の主催でオリバー・ストーン監督・ピーター・カズニック教授が語る「アメリカ史から見た原爆投下の真実」というシンポジウムがありました。勤労福祉会館講堂が満席のうえに大勢の立ち見が出るほどの聴衆を前に、ストーン監督とカズニック教授(アメリカン大学)は、「原爆投下は日本を降伏させるために必要であった」とか「降伏を早めて100万人もの人命を救った」とか言う今なお根強い正当化の主張を「神話にすぎない」と断じ、ソ連に対して核兵器の脅威と軍事力の優位を見せつけることこそが最大の目的であったと、詳細な論拠を挙げて力説しました。また、日本の降伏を決定づけたのは原爆投下ではなく、ソ連の参戦であったことも指摘しました。これは決して新しい見解ではなく、歴史学の上ですでに実証されていることですが、原爆投下の誤った見方に対する強い警鐘であったといえるでしょう。長崎への原爆投下は、その照準店が都心の常盤橋であったことから、無差別爆撃によるプルトニウム原爆の破壊力テストであったことも明らかです。「日本人は戦時中の加害の真実をよく見るべきだ」というカズニック教授の要請と、「日本人は芸術性も高い民族なのに、戦時中なぜあれほど残虐になれたのか」というストーン監督の質問が印象に残りましたが、「オリバー監督が長崎で行きたがったところは、原爆の犠牲になった朝鮮人や中国人の追悼モニュメントでした。岡まさはる記念館も見たいと言っていますが、長崎市の観光マップには載っていません。」というパネリストの乗松聡子さん(バンクーバー在住、ピース・フィロソフィー・センター代表)の発言には、会場がどっと沸きました。

オリバー・ストーン監督が資料館を訪問!

 8月10日、ストーン監督が来館され、私が案内役を務めました。通訳はピース・ボート代表の川崎哲さんが引き受けてくださいました。ストーン監督は入館して正面の朝鮮人被爆者の展示を一瞥するや否や、緊張した面持ちでした。まず、資料館の設立の経緯と趣旨を簡潔に述べ、14歳で端島(軍艦島)に強制連行された徐正雨さんのことを象徴的な事例としてお話しし、模型の飯場で劣悪な衣食住と過酷な労働現場について説明しました。次いで1万円札の拡大カラーコピーを前に、福沢諭吉の朝鮮・中国侵略思想を読み上げると、ストーン監督は頷きながらじっと見入っていました。階段部分の展示説明では、時間の関係で大雑把にならざるを得ませんでしたが、731部隊のところで「被害者のなかに生存者はいるか」と問われましたので、私は即座に「一人もいません。撤退時に全員殺したと、元隊員から直接聞いた。」と答えました。「日本はアジアで何をしたか」の大パネルでは、フィリピンについての質問の後で、餓死寸前のヴェトナムの少女の写真に説明を求められたので、「ジュート=麻の栽培だけをさせて米を作らせなかったので200万人も餓死した」と説明すると、悲憤を噛みしめておられるようでした。2階のメイン展示場では、「慰安婦」コーナーで、広大な日本軍占領地と「慰安所」の所在地を示す地図の前でしばし立ちつくしておられましたが、日本軍の傀儡(かいらい)軍である「満州国軍」に少年義勇兵を殺害させている写真と日本兵自身が中国人を殺害して微笑んでいる写真の説明として、「戦場での日本兵は天皇制軍国主義教育によって日本を神の国と信じ、徹底的に異民族を蔑視していた」と述べると、無言のうちにも納得されたように感じました。そして、時間に追われながら、最後に常石敬一著「標的・イシイ」を示して、「米国が731部隊の戦争犯罪を免責したのは、マッカーサーとウィロビーとサンダーソンの3人が決めたことに始まる」と告げると、「イエス」と応じて深々と頷かれました。この件についても敢えて触れたのは、「731部隊罪証陳列館」と友好館提携を結んでいる資料館の使命でもあるとの思いからでしたが、『オリバー・ストーンが語るもう一つのアメリカ史』を著された方だけに十分承知しておられ、その歴史認識に改めて敬意を抱かずにはいられませんでした。

 ストーン監督が資料館を去るに当たって、長崎新聞の石田謙二記者らが感想を求めると「東京にもなければならない」と答えられ、居合わせたスタッフ一同感激しました。石田記者の記事は翌日の長崎新聞に掲載され、大きな反響を呼びました。

NHKの国際放送ニュースラインでも紹介

 私は8月12日から17日まで南京を中心に訪中しておりましたが、その間にNHKからストーン監督の資料館訪問の写真を求められ提供したことを帰国後に知りました。その写真を使ったニュースラインの映像もウェブリングで見ました。ストーン監督の訪問を報じたものとはいえ、資料館の存在を世界に紹介した意味も大きいと思います。

NHKのBS深夜放送でもストーン監督が一言

 8月25日午前0時から2時間、NHKのBS放送で「オリバー・ストーン監督がスタジオで直言―原爆×戦争×アメリカ、歴史を直視する時」という番組があり、ストーン監督とカズニック教授が大学教授や学生、市民と対話しました。『プラトーン』を初め、ストーン監督の作品を織り込みながら、じっくり語り合う啓発に富んだ番組でしたが、その最後の場面でストーン監督が「長崎には日本の加害責任を問う民間の歴史資料館があった。あまりお金はないようだったが。東京では無理なのだろうか。」とさりげなく語られ、資料館訪問の印象が悪くなかったことに安堵するとともに、資料館の存在を評価してくださったことに感激一入でした。また、番組(録画)を見終わって、設立18年にして今やストーン監督に評価されるに至った資料館も岡先生の発意がなければ存在しないことをふと思い、今後ともその先見の明を肝に銘じて維持していくことを心に誓いました。

(たかざね・やすのり)
 
 
熱心に説明をきくオリバー。(写真は川崎哲氏提供)
 

Wednesday, October 09, 2013

真崎久子: 侵略国家カナダとインディアン寄宿学校、そして「真実と和解」 Truth and Reconciliation Commission of Canada


侵略国家カナダとインディアン寄宿学校、そして「真実と和解」
Truth and Reconciliation


真崎久子

カナダという国家は、ヨーロッパからやって来た人達が、先住民の暮らしていた大陸を侵略するという形で成立しました。 

残虐な殺戮や戦争が繰り返されたアメリカに対し、カナダの侵略は、主に政策という形で行われました。その中のひとつ、インディアン寄宿学校政策は「先住民の心と文化と人間関係を壊す」という方法で、先住民社会を内側から破壊しました。その被害は、元寄宿学校生だけではなく、その子や孫の世代にまで引き継がれ、今だに解決されていません。ダウンタウンイーストサイドなどでホームレスになっている人達を含めて、心の拠り所、社会的な行き場を失った先住民達、その多くが寄宿学校の被害者なのです。 

開拓時代のカナダでは、東海岸から西へと事実上の侵略は進んでいきましたが、それは多くの場合、表面上は先住民社会とカナダ政府間の条約締結という形をとっていました。条約は不平等、内容もカナダ側から破られる事が殆どでしたが、それでも友好的な関係を結ぶ努力は双方から為されました。インディアン寄宿学校は、その条約の、先住民の教育を保証するという約束を実現するという名目で1840年代に始まり、120年以上続きました。 

寄宿学校は、カナダ政府が教会に運営を委託し、先住民の村から子供達を強制的に学校に収容し、彼らの言語と文化と信仰を剥奪し、英語(仏語)と白人文化とキリスト教を強要する同化政策でした。先住民は人種も文化も劣っているという偏見から始まり、侵略と植民地支配という暴力的な目的で運営されたこれらの学校では、生徒達は日常的に心身の虐待を受け、性的虐待も発生。生活基準が満たされない劣悪な環境の中、自殺を含めて、15万人のうち4千人の子供達が在学中に死亡。無事生き延びた子供達も、学校を離れた後、その多くが、文化も家族などの人間関係も人間性も失い、心の傷も癒される事なく、暴力や自己破壊、アルコールや薬物依存などに苦しみ、自殺、事故死、中毒死などで最後を遂げた人達も多かったのです。 

ところが80年代、勇気ある元寄宿学校生達がカナダと教会を相手取って、訴訟を起こします。そして訴訟という形の抵抗運動は広がり、前代未聞の集団訴訟へと発展し、最高裁判所勝訴。それを受けた政府は、2007年の補償と2008年のカナダ政府の正式謝罪という形で寄宿学校問題を解決しようとします。 

補償のひとつとして、Truth and Reconciliation Commission(TRC)が設立され、インディアン寄宿学校を生き抜いたサバイバー達の証言を聞き、寄宿学校に関する史料を収集し、同時に寄宿学校についてのカナダの一般市民への認識を深める役割を担いました。その活動のひとつとして「真実と和解」Truth and Reconciliation と称される、証言や和解への模索などで構成されたイベントも2010年からカナダ各地を巡り、バンクーバーでは、2013年9月18日から21日まで、PNEで開催されました。 

カナダ国家の侵略は、条約締結と政策という見えにくい形で、友好や援助という衣を被せて行われて来ました。寄宿学校も表面上は、教会が「先住民に教育を授ける」善意の援助として説明され、その暴力性が認識しにくい状況だった事もあり、カナダの一般市民には「侵略」という意識が薄いのが実情です。住民侵略や弾圧は今も続き、 かつて先住民のテリトリーだった大地の殆どが、こうしてカナダに奪われ続けていますが、その過程はやはり見えにくい形で、主に政策と関わって内情が知らされないまま行なわれているため、一般市民はその暴力性に気づかないまま容認。そんな今「和解」という言葉が語られます。でも、それを、今までの友好と援助の皮を被った暴力の連鎖を断ち切った、対等な関係へと転換するにはどうすればいいのでしょう。 

移住者として、この地の歴史も現状もよく知らないまま、無意識のうちに侵略搾取側としてカナダに暮らす事になってしまった私は何をどうすればいいのか。。。また、日本人として生まれ育ち、15年戦争/太平洋戦争の侵略側としての責任を負ってしまった私は、何をどうすれば。。。それ以前に「抑圧したりされたり」を繰り返す日常の中、壊された人間関係を回復して和解へと辿り着くにはどうすれば。。。そんな私達に「真実と和解」は、多くを考えさせてくれます。 

私自身は、まずは真実を知る事、体験する事からだと思いました。被害体験を乗り越えてサバイバーとして生き抜いた元寄宿学校生達とその生き様に触れ、彼らの口から「真実」をしっかり聞き、自分の心で感じて受け止め、自分の役割を考えたい、と。こうして「真実と和解」バンクーバーイベントに参加しました。その体験を読んで下さい。 

(先住民に関してもう少し知りたい方は indigenousfoundations.arts.ubc.ca TRCについてもう少し知りたい方はtrc.caを参考にしてください。)
 

「真実と和解」体験記:
Truth and Reconciliation in Vancouver, Sept. 18-22

                              

Truth and Reconciliation Vancouver Eventが終わりました。4日間のフォーラムや展示などのPNEでのイベント後の最終日はReconciliation Walk。でもその日は雨。8時半にクリーンエリザベスシアター前に集合してコーラスと開会式。結局7万人が集まり、10時半から歩き始め、チャイナタウンまで回って、サイエンスワールド横に着いた時は皆ずぶぬれ。ますます激しくなる雨の中、最後のスピーチの数々を聞いて、震えながら帰って来ました。

インディアン寄宿学校。。。それまで私は、この残酷な歴史と、どう向き合えばいいのかずっと分からないままでした。大学で先住民学を学んでいた間も、部外者が土足で立ち入ってはいけない様な気がして、自分がどう関わっていけばいいのかはわからないまま。今回も「分からないけれど大事だから取りあえず行きたい」という動機でした。 

PNEでのイベントは18日の日の出と共にSunrise Ceremonyから始まりました。聖なる火をおこし、Great Spirit に導きを祈り、先祖に見守って下さい、勇気と癒しをください、と祈る人々。こうして何千年も前からの信仰と伝統と文化を引き継ぎ、先住民として生きて来た人々から、寄宿学校は、信仰も伝統も文化も、人間性も、命さえ、魂さえも奪いました。それでも、この人達は今もこうして「先住民として生きたい」と心の底から願い、先住民としてこの歴史に向き合うため、この日も、伝統的な祈りから一日を始めていました。彼らの文化と伝統と人間性と魂を破壊した、カナダ国家やキリスト教会と向き合い、その非道を証言するために。そして、それを通して、今も続けられる、先住民に対してのカナダの暴力的な弾圧に抵抗し、自分たちの、そして子供達やその先の子孫達を守り、先住民としての生き方を取り戻すために。 

4日間ずっと燃え続け、人々とイベントを見守ってくれる聖なる火の回りで、寄宿学校体験を生き抜いたサバイバー達が祈っていました。そして回りの人達も、サバイバー達を支えようと祈っていました。何とかこの「証言」をやり遂げて、元寄宿学校生がずっと縛られて来た過去のトラウマから解放されますように、そして子供達が先住民としての人生を取り戻す事が出来ますように。その共通の祈りと、寄宿学校経験の苦しみを通して、サバイバーはお互いを支え合い、回りの人達は、苦しみながらも果敢に闘う彼らの傍らに寄り添い、苦しみを共に背負い、支え、彼らの勇気から力をもらって、共にTruth and Reconciliationイベントにのぞみました。そして、後ろの方でその様子を見守っていた私も、その中で自然に自分の役割に気づきました。サバイバー達が、その仕事をやり遂げる事が出来る様、こうして後ろで共に祈りながら支える事。彼らのたたずまいからにじみ出る苦しみや強さを受け取り、ただ一緒にそこにいる事。イベントを通しての私の役割はそれでした。 

PNEで4日間、いくつもの会場で同時に行われたイベントは、フォーラムや証言や映画やアートや歴史展示やマーケットなど多彩でしたが、主なイベントは二種類ありました。サバイバーのTruth Telling、つまり真実を語る場。そして、カナダ側のExpressions of Reconciliationつまり、先住民を不当に差別し苦しめた寄宿学校問題を解決し、共に生きる和解の方法を探り、その決意を表明する場。私は4日間、両方のイベントに参加しましたが、出来る限りサバイバーと共にいて、カナダに対して真実を訴えようとする彼らの行為を支えていました。 

思い出すのもつらいという寄宿学校体験の殆どの証言が個室で行われました。が、体験を分かち合うという勇気ある決断をしてくれた人達は、Sharing Circle の輪の中で寄宿学校と自分の人生を語り、その後ろを取り巻く私達一般聴衆は、それに耳を傾けました。 

サバイバーの多くが、5、6、7歳で家族から引き離され、寄宿学校に連れて行かれたそうです。村を出た事もなく、ずっと大家族や親戚に守られて先住民として幸せにすごしていた子供達の多くが、家畜用トラックに詰め込まれたり、見た事もない汽車や船に乗せられたりして、遠くの知らない場所へと連れ去られました。子供を寄宿学校に入れないと、親が刑務所送りになるという条件下、親も子も涙を流して別れた。それでも抵抗した親の子供は、病気で病院に入れられ、そのまま寄宿学校へと騙され連れて行かれたと語っていました。寄宿学校に着くと、服を脱がされ、シャワーを浴びさせられ、髪を切られ、つまり先住民としての誇りを剥奪されて、制服を着せられ、先住民の言葉を話すと殴られました。学校内では男女が分けられ、学年が分けられ、お互い口を聞くなと命令され、仲のいい兄妹、姉弟や友人達は引き離されました。そして、それからは暴力と強姦が当たり前の様に繰り返される日々。告解室で強姦を繰り返す神父、個室の掃除当番係を指名し、掃除をさせて強姦する神父。研修と称してお互いの寄宿学校を行き来しては「どの子がいい?」と接待代わりに生徒達に性の相手をさせる牧師達。大部屋に並んだ寝台を見回りながら、その中の生徒達に性行為を強要する修道女や修道士と世話係。 個室へと連れ込む神父や牧師。毎晩聞こえる啜り泣き。今晩は誰が相手に選ばれるのか、怯えながら床に着いた子供達。その苦しみに耐えかねて自殺する子。3時間の授業の後は、掃除や洗濯や畑仕事などをさせられ、でも、その畑で作った農作物は生徒の口に入る事もなく、食事に出るのは少量の傷みかけた粉ミルクやパンやお粥や肉など。虫のわいた豆スープを虫ごと食べさせられ、それに気づいた料理係の生徒が虫を取り始めると、修道女に殴られ、スープを虫ごと火にかけさせられた。”dirty Indian” “stupid Indian”などと罵られ、耳が聞こえなくなる程はりとばされ、コンクリートに突き落とされ、腕全体が腫れる程手のひらを鞭打たれ、2週間以上座れなくなる程お尻を鞭打たれる。そんな中、子供達の間にも暴力が広がり、上級生達に殴られ、虐められ、強姦されるという事態まで引き起こされます。寄宿「学校」と言うけれど、その「学校」で教わったのは学業ではなく、自分を蔑む事、人を憎む事、信用しない事、嘘をつく事、盗む事、暴力を振るう事だった、そうでなければ生き延びられなかった、と、何人かのサバイバー達は証言していました。そして、そんな「学校」から出た後の人生も、先住民としての生き方の指針や先住民の人間関係を失ったまま、自虐と人間不信と憎しみと暴力から逃れる事が出来なかった。その過去から逃れようとアルコールやドラッグにはまり、何度も死のうとした。今だに人と親しくなる事は出来ない、魂を失ったまま、だと訴える人々。”I was a little girl/boy/child!”と、多くの人が叫ぶ様に訴えていました。あんなに小さな子供達が家族の愛情から引き離され、先住民としての誇りをはぎ取られ、恐怖空間に閉じ込められ、人間関係も人間性も壊されたのです。そして「罰」を与えられるのは自分が悪いからだ、自分が先住民である事がいけないのだ、と、全てを背負い、その傷を心の中に封じ込め、壊れた心を抱えて大人になれないまま、自分を責めて生きて来たのです。 

今初めて話す、と、6歳の時に初めて強姦された話を語った屈強そうな男性は、その場で泣き崩れました。おじいちゃん、おばあちゃん、そして私と同年齢の人達が、当時の子供に戻って震え、泣き崩れる、そんな場面に何度も出会いました。多くの人達は、これらの過去を誰にも話す事なく、自分の心に押し込んだまま、胸に抱えて生きて来たのです。そして癒される事のないまま次の世代の子供達が生まれ、暴力を振るったり、アルコールやドラッグに溺れたり、愛するという事を知らない親に、多くの子供達が育てられる結果になりました。サバイバーにはそれらの子供達もインタージェネレーショナルサバイバーとして含まれていて、彼らの体験も語られました。村に生まれる子供を次から次へと寄宿学校へと奪っていく政府。そこで暴力をふるわれ、死んでいった子供達。肉体は生き残っても死んでいった文化と人間性と魂。「体にいい」と薬を飲まされ、弱っていった子供達。妊娠が分かると中身を偽って渡された堕胎薬。病気だと言われて連れて行かれた人体実験病院。それらの中を生き延びても、そのトラウマは次世代へと引き継がれていく。。。寄宿学校を含めたカナダの先住民政策は、正真正銘の民族撲滅ジェノサイドでした。このTruth and Reconciliation Eventの4日間は、サバイバーひとりひとりから、こういう話が語られた続けた時間でした。個室の中で、そして、黙って聞いてくれるサークルの人達の前で、そんな中を生き抜いてきたサバイバー達は、それぞれ真摯に、自分の人生を語り続けました。 

教会と向き合おうとしたサバイバー達は、Church Listening に参加し、そこで教会の牧師や修道女などに自分の体験を語り、謝罪を受けました。個室で聖職者と向き合った人達もいましたし、Circleで教会関係者と共に輪の中に座って寄宿学校について語り、その後ろに座った私達と、体験を分かち合ってくれた人達もいました。そこでの聖職者達は、サバイバー達に、寄宿学校での悲惨な経験と共に、”I hate you!” “You destroyed my life!”という感情を何度もぶつけられ、うなだれていました。彼らは事前に、本で読んだり話に聞いたりしていた寄宿学校の運営そのものの暴力と、聖職者達が個人的に毎日の様にふるっていた暴力に驚愕し、その事を深く悔いていたのでしょう。そして、謝罪と共に、教会は変わっていきます、と伝えようと、ここにやって来たのでしょう。多分謝罪内容も事前に準備して。それでも、実際に「寄宿学校体験」を生きて来たサバイバーの前に、そんな言葉は虚しかった。。。19日のlisteningの最後に、謝罪の証として、教会員有志が祈りをこめて編んだというショールが贈られました。が、サバイバー達の立場を理解しているとは全く思えない教会側の謝罪の後に贈られたショールは、当然の様に何人かに突き返され、受け取った他のサバイバー達も割り切れない様子でした。 

それでも、そうしてサバイバー達から直接、怒りと悲しみと苦しみをぶつけられる事を通して、聖職者達は変わっていきました。私は19日、20日、そして最終日21日とChurches Listening Circleに出席しましたが、その中で、教会の人達がどんどん変わっていく様子に驚きました。サークルの進め方も日ごとに変わり、教会が最後に謝罪してキリスト教による癒しを説くのではなく、聖職者もサバイバーも同じ立場でサークルに参加して順々に自分の思いを語り、先住民の聖職者達にも参加してもらって接点を探り、最後には先住民のヒーラー達の語りと、先住民の祈りで終わる、という形になり、最終日にはショールも気持ちよく受け取ってもらえる様になっていました。聖職者達は、共に座って耳を傾ける事を通して、サバイバー達の苦しみを感じ取り、彼らの怒りと悲しみを浴び、感情を揺さぶられ、寄宿学校とは何だったのか、サバイバー達が訴えようとしているものは何なのか、を、ひとりの人間として真剣に問い、考え、変わっていったのでしょう。彼らは、教会の代弁者としてではなく、その教会に深く関わるひとりの人として、寄宿学校に誠実に向き合う姿勢を学んだのです。それと共に、サバイバー達の方も、和解の入り口に立てた様に感じられました。和解Reconciliationというものは、歴史的事実を確認して為されるものではなく、人間同士がこうして出会い、被害者がその苦しみを怒りや悲しみとして加害者にぶつけ、加害者がそうしてぶつけられた感情を通して過去を知り、被害者に共感して初めて成り立つ、衝突と人間を媒介にしてしか成り立たないものなのだ、と、その場所で私は気づきました。衝突の中で感情を揺さぶられ、人間として共感して、自分の問題として過去の暴力をとらえ、自分自身がその暴力を取り除く責任を背負い、その方法を探っていく事なのだ、と。謝ろうとしても、その態度に反発され、助けようとしても拒絶され、そんな中、失敗を繰り返しながら、それならどうすればいいのか考え続け、何度でもやり直しては非難を浴び、その過程で一体何が必要とされているのかお互いが考え、理解を深め、人間関係を取り戻していく、それが和解というものなのではないか、と。 

後ろでずっと見守っていた私達も、ただそこにいるだけで変わっていきました。私自身も毎日、サバイバーの傍にいて、サバイバーの真実に触れ、自分の生き方や考え方が大きく揺り動かされていきました。彼らの苦しみに触れ、それを耐え抜いて生きて来た彼らの強さから力を受け取り、その苦しみを少し担える所まで少しずつ成長していきました。「ただ傍にいて耳を傾ける」というそれだけで、サバイバー達が「証言」という大仕事をやり遂げる支えになっているという事が実感されましたし、サバイバー達が、そんな大作業を果敢にやり遂げていく姿に感動し、苦しみと闘いを「共に担う」力をもらいました。Truth and Reconciliation Eventに絡む政治的な要素とは無関係に、そしてカナダ側のReconciliationアジェンダとは無関係に、先住民の人達は、毎朝の祈りから「証言」に向かい、その一日を、聖なる火と清めの煙、ドラムや歌を含めた祈りでお互いを支え、大いなる魂に導かれ、先祖に守られて、真実を訴える、というTruth Tellingをやり遂げました。そして、私自身、傍に寄り添う事以外何もしませんでしたが、それが、彼らのTruth Tellingをしっかり支え、そのメッセージを受け取ったのです。そういう意味で「真実」は、語る人と聞く人の共同作業でした。 

愛と赦しと癒しを説く聖職者と、教会やカナダの不当な暴力に怒りをぶつけるサバイバー達の溝を見ながら、それならどうすればいいのだろう、と私は考えていました。確かに加害者を赦さなければ、サバイバー達には、癒しも心の平安もやって来ません。でも、赦してしまえば、教会もカナダも自分たちの非道に気づく事はなく、今も続く支配と弾圧と暴力から、先住民達は逃れる事は出来ない。だからこそ、サバイバー達がこれまでずっと自分たちだけで担って来た責任の荷を、私達が少しでも引き受け、それらの支配と弾圧と暴力に対してしっかりと抵抗していかなければならないと思いました。これは先住民のためという以上に、私自身が支配や暴力や略奪に満ちた所で生きていくのがつらいからです。西洋の植民地文明に壊されてしまったのは先住民の暮らしだけではありません。今でも暴力的に略奪した資源開発で、環境を破壊し付近の人々の日常を破壊しながら経済を成り立たせているカナダは、その過程で人の暮らしに暴力を持ち込み、人間関係を断ち切っていったのだと思いますし、弱者を踏みつけにした搾取構造の中で暮らす私自身は、幸せではありません。カナダの殺伐とした人間関係、特に若い人達が、人間としての価値観を育てられる事のないまま、お金で買う幸せを求め、それが人から奪い人を傷つけるものだと気づかないまま自己中心的に育っていく様子には絶望的になります。そんな中、自然の声を聞き、その中での自分の役割を見いだす祈りと共にある日々、家族や親戚や友人達とのあたたかい人間関係、7世代先の幸せのために選ぶ人生、など、先住民文化をこの地に取り戻す事が出来れば、私達自身も子供達も、その次の世代も、もう少し幸せになれるのではないか、と思うのです。今のカナダ社会を先住民への暴力から解放する事は、カナダ社会全体を暴力から解放する事につながり、先住民文化が豊かに蘇る事は、彼らの地で暮らす私自身の暮らしが豊かになる事につながる。だから私は自分達の幸せのためにも、サバイバー達が闘って来た国家や文明の暴力と闘いたいし、サバイバー達と共に暴力から自分や社会を解放して癒されたいのです。こうして私自身は、Truth and Reconciliation Eventを通して、サバイバー達の真実に振れ、寄宿学校と自分との関わりと、その中での自分の役割を見いだしました。 

この4日間で、400人以上のサバイバー達が「証言」をやり遂げたそうです。家族や親戚や友人達に、そして先住民コミュニティに支えられ、そして私達の様に後ろでじっと聞いていた人達に支えられ、サバイバー達の大仕事は終わりました。それまで閉ざされていた心が開かれ、真実が語られ、聞かれたのです。 

そうして終わった4日間の明くる日のReconciliation Walkは雨。イベント中はずっと晴れていたのに、最終日の早朝に少し雨が降り、またやんで、その明くる日は本当の雨降り。私にはそれが、亡くなった元寄宿学校生達の涙の様に感じられました。 

何人ものサバイバー達は、寄宿学校以後「泣いた事がない」と語っていました。あの辛い日々を乗り切るのには、感情に蓋をするしかなかった、と。過去を胸に封じ込め、感情のない人間として生きてきた、と。その過去がやっと、こうして胸から流れ出し、私達の胸へと流れ込み、亡くなってしまった元寄宿学校生達が安心して、サバイバー達と共に、さめざめと泣く事が出来る様になった気がしました。 

Reconciliation Walkの雨は、清めの雨、とスクオミッシュのチーフは語っていました。全てを洗い流し、命を潤す恵みの雨の中を歩きながら、私は思っていました。思い切り泣いて下さい。そして悲しみや苦しみを洗い流し、心の平安を取り戻してください、私達が、あなたの悲しみや苦しみや闘いを少しずつ担いますから、と。この5日間は、私にとっても本当に大きな心の旅でした。 

☆☆

まさき・ひさこ 1963年生。京都に育つ。高校卒業後、ブリティッシュコロンビア大学に留学、以後、バンクーバー在住。2008年にunclassified student として復学、先住民研究の基礎と政治理論を学ぶ。4女の母。

 

カナダ先住民の癒しと、和解を求めて-9月「真実と和解委員会」バンクーバーで 開催


『週刊金曜日』10月4日号に短縮版が掲載された、ブログ運営人乗松聡子の記事を紹介します。この投稿はリンク歓迎ですが、転載は禁止です。

この後、真崎久子氏による迫真の体験記を紹介しますのでそちらもぜひお読みください。

侵略国家カナダとインディアン寄宿学校、そして「真実と和解」
http://peacephilosophy.blogspot.ca/2013/10/truth-and-reconciliation-commission-of.html

寄宿学校体験者、ジル・ハリスさんの話を聞く参加者。
 
政府と教会による民族抹殺政策「先住民寄宿学校制度」-和解は可能か

乗松聡子 (文・写真)

 一世紀以上にわたって通算一五万人の先住民の子どもが家族から強制的に引き離され、甚大な弊害を生んだ先住民寄宿学校制度の「真実と和解委員会」が九月一八日から四日間、バンクーバーで開催された。これは先住民が政府と教会を相手取ったカナダ史上最大の集団訴訟の結果、二〇〇六年に成立した「先住民寄宿学校和解協定」の一貫として、記憶の継承、和解と癒しを目指す目的で、二〇一〇年から全国七か所で行われる取組みの第六回目である。

 英仏の植民者で成るカナダ連邦成立(1867年)当時、先住民は野蛮な存在と見なされ、その文化や伝統を根絶し、キリスト教信仰に基づいて「文明化」する同化政策の基軸となったのがこの制度であった。キリスト教会各派により全国で一三〇校余が運営され、最後の閉校は一九九六年。現在体験者で生存しているのは約八万人という。教育とは名ばかりで実際は労働が中心だったケースも多く、脱走を試みる子どもは拷問を受けたりしたことから、事実上の強制収容所であった。栄養、衛生状態も悪く伝染病が頻発し、在校中に死亡した子どもは闇に葬り去られ親元に知らされなかったことも多い。民族語を話したり言うことを聞かなかったりすると激しい体罰が加えられ、聖職者を中心とする指導者たちによる精神的、肉体的、性的暴行が横行した。家族愛を知らず虐待を受け続けて育った体験者は解放された後も心の病、アルコールや薬物依存、家庭内暴力等の問題を抱えることが多く、制度が終わった現在も子や孫の世代にまでその影響は引き継がれている。

 幾つもの会議場やスタジアムを抱える広大な会場の随所には連日体験者、一般参加者が数千人来場、被害者証言の聞き取り、関係者によるパネル討論、映画会などが行われ、トラウマを抱えながら参加する体験者の心と体のケアを担当するスタッフやボランティアが何百人も待機する大がかりなものであった。会場中央には「聖なる火」が常にたかれ、浄化の儀式、祈り、歌声や太鼓の音が会場全体に響き渡った。先住民たちにとっては抑圧された過去を経て、NO  MORE -二度とこのようなことは起こさせないとの決意と団結、エンパワメントの確認の場でもあった。初日は地元の大学は休校、二日目の教育デイには五千人に及ぶ小中高生の団体参加があり、次世代の教育と継承への意気込みが感じられる。委員会代表のマレー・シンクレア氏は「先住民だけではない。カナダ全体がこの恥ずべき歴史から癒される必要があるのだ」と強調した。
 しかし和解は簡単ではない。体験者とキリスト教会関係者が証言と謝罪を共有する会合は毎回重い空気に包まれた。「憎しみというものを知らずに幸せに育っていた自分が寄宿学校で憎しみを植え付けられた」、「許すという気持ちにはなれない」、「神もカソリック教会も憎い!」と声を荒げる人もいた。体験者の証言を再現映像で綴る映画「We  were Children(子どもだった私たち)」の上映会には約千人が詰めかけ、虐待のシーンで記憶が蘇り泣き崩れたり倒れたりする参加者が続出、トラウマの深さを浮き彫りにした。政府のパフォーマンスに過ぎないと批判する者もいる。会場から遠くはないところにバンクーバーの最貧地区があり、依存症などでフラフラと歩いている人たちには明らかに先住民とわかる人たちが目立つ。本当に救いを必要としている人たちほどこの「真実と和解」の場に足を運べない現実があるのではないか。  
 カナダ人口の約4%を占める先住民がいまだに差別され、高失業率、低教育、貧困、健康被害といった問題を抱え社会の底辺層に置かれている。歴史の記憶や和解の問題では済まされない、現在に続く植民地主義の問題に取り組み、真の「多文化主義」を目指すカナダの試みからは、日本を含む、植民地主義や少数派差別問題を抱えるすべての社会が学べるものがある。


体験者の証言と、キリスト教会からの謝罪の会で
発言するカソリック教会関係者。
 

駐米中国大使、崔天凱(Cui Tiankai)のジョンズ・ホプキンス大学講演での発言を日本政府は「プロパガンダ」と言うが

10月8日、米国ワシントンのジョンズ・ホプキンス大学のSAIS(School of Advanced International Studies 高等国際関係大学院)で、同大学院卒業生でもある、駐米中国大使の崔天凱(Cui Tiankai)氏が「中国の外交政策と駐米関係」という題で講演を行った。そのときの質疑応答でSAISの学生から、双方の国でのナショナリズムの高まりを受けて日中関係をどう思うかと聞かれたときの返答が日本で報道されている。

中国駐米大使 講演で日本を非難
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131009/t10015147421000.html
「中国の崔天凱駐米大使は、ワシントン市内で講演し、日本の一部の政治家の中には、第2次世界大戦が終結したのはアメリカの原爆投下によるものだと信じ、アメリカさえ怒らせなければ何をやってもよく、ほかの国の懸念に配慮する必要はないと考えていると非難しました。」とある。これを聞いて何かつじつまが合わない発言だな、しっかり元の演説で何と言ったか聞いてみないといけないと思った。

菅官房長官はこれを受けて
「みずからの国の立場だけに立って、まさにプロパガンダの一つではないかとさえ思える発言だ。日本は戦後68年間、今日(こんにち)まで自由と民主主義の国を築き上げ、世界の平和と繁栄に貢献してきたと思っており、そのことがすべてを物語っている。論評するに値しない発言だ」と述べたという。

SAISのウェブサイトに崔氏の講演の動画がある。
http://www.sais-jhu.edu/events/2013-10-08-170000-2013-10-08-190000/chinese-foreign-policy-and-us-china-relations
該当部分(上の動画では1時間3分をすぎたあたりから)のみ聞き取って訳してみた。

(はじまり)

I was ambassador to Japan a few years ago. I still have a large number of friends in Japan.
私は数年前日本大使でした。日本にはまだたくさんの友人がいます。

China and Japan are neigbours. You cannot change your neighbours. You cannot move away from neighbours.
中国と日本は隣国同士です。隣国を取り換えるわけにはいきません。隣国から離れて引っ越すことも無理です(会場に笑い)。

We stand for stable friendly and cooperative relationship with Japan. Of course, in the past Japan invaded China and brought about huge sufferings to Chinese people. We certainly don't want to see that happening again.
私たちは、安定した、有効な、協力的な関係を日本と築く姿勢でいます。もちろん、過去、日本は中国を侵略し、中国の人々に多大な苦しみをもたらしました。私たちはそういうことが起ることは二度と見たくありません。

35 years ago China and Japan concluded a bilateral treaty, of peace and friendship. This treaty is still valid. Five years ago, the two government concluded a political statement for the establishment of strategic relationship for mutual benefit. And we are still committed to that document.
35年前、中国と日本は平和友好条約を結びました。この条約はまだ有効です。5年前、両政府は戦略的互恵関係を築くための政治的声明を出しました。私達はこの声明に今もコミットしています。

What concerns us in Japan is some disturbing tendency in Japanese politics. And Japan's outlook on history, on what happened in the past.
私たちが懸念を抱いているのは、日本の政治の中に憂慮すべき傾向があることです。また、日本の歴史、過去に起こったことへの見解にも懸念を持っています。

Maybe the few politicians in Japan who believe that Japan lost the war, WWII, because of the atomic bombs dropped by the United States, and just because of that, those who they believe,.. if they don't antagonize the United States, everything will be okay for them. They don't have to take care of the concern of other countries. If that is really what they believe, I think it is very wrong and very
dangerous.
日本の一部の政治家で、日本が第二次世界大戦において米国により落とされた原爆のせいで戦争に負けた、それだけのせいで負けたと思っている人々がいて、その人たちは、米国をの反感を買うことさえしなければ全てがうまくいくと思っている人たちがいるようです。他の国のことは考慮しなくていいと。もしそれを彼らが本当に信じているとしたら、大変間違っており危ないことであると私は思います。

Japan was defeated in the WWII, not just by the two atomic bombs dropped by the US but by all the peace-loving anti-fascist countries, and peoples, and peoples of the united nations including China and United States of course.
日本は第二次世界大戦において、米国により落とされた二発の原子爆弾によるだけではなく、平和を愛しファシズムを憎む全ての国々、人々、連合国家群の人々により負けたのです。それはもちろん中国と米国を含みます。

And Japan was not defeated in that war, not just by some modern weapons, but by the strong will and determination and will of the peoples of Asia, United States and Europe. I think politicians in Japan have to realize this is post-WWII international order; you cannot challenge that.
日本は近代兵器によってだけではなく、アジア、米国、欧州の人々の強い意志と決意によって戦争に負けたのです。日本の政治家たちは、これが第二次世界大戦後の世界秩序であって、これに異を唱えることはできないということを認識しないといけません。

So we are really concerned about such tendencies in Japan. and we believe what is at stake is interest of China, of United States, of other Asian countries, and the global (order).
私たちは日本におけるこのような傾向に非常に懸念を持っており、中国、米国、アジアの他の国々、世界の秩序にとっての利益が懸かっていると、私たちは思っています。

I think this is maybe the most important issue betwen China and Japan. And this is a matter of principle for us. I know such a view may not represent the majority of the Japanese people. And I hope the Japanese people, and maybe together with all of us here, will make sure that  such a tendency will not dominate the future direction of the country. Thankyou.
これは中国と日本の間の一番重要な問題といえるでしょう。また、これは私たちにとって原則の問題です。このような見方が日本の人々の大半を占めるわけではないということはわかっています。ここにいる私たちと協力し合い、日本の人々が、このような傾向が日本の将来の方向性を独占しないようにすることを願っています。ありがとうございました。

(おわり)
もとのビデオはここ。
http://www.sais-jhu.edu/events/2013-10-08-170000-2013-10-08-190000/chinese-foreign-policy-and-us-china-relations

崔氏が原爆投下に何度も触れていたのは事実だが、それにこだわっていると崔氏の言いたかったことを理解する妨げになる。「日本は原爆投下によってのみ負けたのではない」と言いたかったのである。この「のみ」の部分が日本の報道から消えてしまっているので意味のわからない報道になっている。要するに、「日本は米国にだけ負けたのではない。」ということを強調していることである。この返答の全体的なポイントはこうである。

――日本とは安定した友好関係を築きたいという方針であり、日中平和友好条約や戦略的互恵関係声明は有効である。
――日本の政治家の一部に日本による中国侵略など歴史を否定する動きがあることに懸念を持っている。
――日本が敗戦した相手は米国だけではない。中国やアジア諸国、欧州全体に対して負けたのだ。米国だけを相手に負けたという歴史観によって戦後米国だけに追従してきているが他の国のことも考えないといけない。

これは、日本に広がっている侵略を否定するような歴史観、今の右翼的傾向の強い政府、何よりも戦後米国一辺倒であった日本を的確に指摘している返答だと言える。ビデオを見てもらえればわかるが、崔氏は静かな口調で、ときどき笑いも取りながらリラックスして話している。崔氏のこの発言の細かい評価は今はしないが、すくなくとも日本政府が言うような「プロパガンダ」的内容には私にはとても聞こえない。今、世界的に、持たれている日本政府の歴史観や性格を的確に表現しているように聞こえる。@PeacePhilosophy

Monday, October 07, 2013

Oliver Stone and Peter Kuznick interview in Tokyo reposted widely 「米国はベトナムで化学兵器を使った」-ストーン&カズニック東京でのインタビュー記事、米国のオンラインメディアに次々と転載。


The Asia-Pacific Journal: Japan Focus and Shukan Kinyobi interview on August 11 in Tokyo with Oliver Stone and Peter Kuznick, co-authors of the Untold History of the United States, a 10-part documentary series and the companion book, has been reposted/reprinted on:
週刊金曜日9月6日号
東京で8月11日、日本の週刊誌『週刊金曜日』とオンライン英字ジャーナル『アジア太平洋ジャーナル:ジャパンフォーカス』合同で『The Untold History of the United States』(ドキュメンタリーと本、日本語版はNHK放映、早川書房出版の『もう一つのアメリカ史』)共作者、オリバー・ストーンとピーター・カズニックのインタビューを行った(聞き手は『金曜日』から成澤宗男、『ジャパンフォーカス』から乗松聡子)。週刊金曜日では9月6日の特集記事「オリバー・ストーン&ピーター・カズニック 戦争と歴史を語る」として発表。英語版は9月26日『アジア太平洋ジャーナル:ジャパンフォーカス』で発表した。その後米国のプログレッシブなオンラインメディア、『トゥルースアウト』、『ヒストリー・ニュース・ネットワーク』、『カウンターパンチ』に転載されて世界中に読まれている。英語版の記事は、オリバーの言葉からタイムリーなものを選び、「”米国は化学兵器をベトナムで使用した”-語られない歴史を語ることが世の中をよくする」とした。このインタビューはオリバー自身が「日本で行ったインタビューでベストのものの一つ。自身のフェースブックで「長編で、広範囲なトピックを扱い、内容は正確である」とコメントしている。以下、各掲載先のリンク。

TruthOut,
"We Used Chemical Weapons in Vietnam": Oliver Stone and Peter Kuznick Explain How Telling the Untold History Can Change the World for the Better
http://truth-out.org/news/item/19258-we-used-chemical-weapons-in-vietnam-oliver-stone-and-peter-kuznick-explain-how-telling-the-untold-history-can-change-the-world-for-the-better


History News Network,
Oliver Stone and Peter Kuznick: The United States "is the Roman Empire" [INTERVIEW]
http://hnn.us/article/153509

and

Counterpunch.
"We Used Chemical Weapons in Vietnam"
An Interview With Oliver Stone and Peter Kuznick
http://www.counterpunch.org/2013/10/07/an-interview-with-oliver-stone-and-peter-kuznick/

Oliver Stone says on his Facebook about the article, "Just published was one of the best interviews we did in Japan. It’s extensive, but thorough and accurate."

The original article was posted on:

The Asia-Pacific Journal: Japan Focus
“We used chemical weapons in Vietnam”: Oliver Stone and Peter Kuznick explain how telling the untold history can change the world for the better
http://japanfocus.org/events/view/197 

踏切で人を救った後逃げ遅れて死亡した女性の国を挙げての英雄化はおかしい

自分のツイッター@PeacePhilosophyより転載します。

踏切の死亡事故に責任を取るのは鉄道会社である。踏切で危ない状況にあった人を救って死んだ人に対し謝罪、補償をすべきも鉄道会社。遺族は鉄道会社を相手取って訴訟を起こすべきである。身代わりになって電車にひかれた人の死を美化したり国が顕彰したりする靖国的騒ぎには深刻な警鐘を鳴らしたい。

この事故のことはニュースでもトップ扱いでこれでもかこれでもかと取り上げられそのたび手を合わせる人、勇気をたたえる人、「自分にはできない」と称賛する人のコメントなどが繰り返し流された。それに加え国からの顕彰である。マスコミや国による取扱いの過剰さをおかしいと思う人は少なくないはず。

しかし異論を差し挟む余地のない、倫理的演出がされているから声を上げにくいのである。だから私は敢えて声を上げたい。おかしいものをおかしいと言えない雰囲気を作り支えることで市民は戦争に加担させられたのだ。絶対にそのような加担をする人間にはならないとの決意で敢えておかしいといいたい。

自分の命を守ろうとするのも、困っている人を助けるのも人間に備わっている自然の性質だ。どちらがより正しいとかではない。今回の被害者は助けたいという自然な思いに従い、逃げ遅れて電車にひかれてしまったのである。自らの命を犠牲にして人を救ったというように演出されたとしたら間違いである。

ニュースで聞いたご両親の言葉は、娘は帰ってこないがたくさんの人の支援に「幸せ」に思う、娘を「見習って」生きていきたいといったような内容だった。私は正直言って恐ろしくなった。若い我が子の突然の死についての声明で「幸せ」とか「見習って」とかいわざるを得ない雰囲気を作ったのは誰なのか。

安倍首相らは戦争賛美神社に行けない代償行為であるかのごとくに伊勢神宮に集団参拝した。戦時の自殺攻撃部隊という国策の被害者を扱う博物館のある知覧には「愛する人のために」といったスローガンが流れ、直後に自衛官募集広告が出る。私は今回の出来事をそういった世相の文脈のなかで見ている。

@PeacePhilosophy より。

Sunday, October 06, 2013

これだけの国や地域が日本食品輸入規制を敷いているのにどうして韓国だけターゲットにするのか

 
福一の汚染水問題への懸念から、福島県を含む8件からの水産物輸入を9日から全面禁止することにした韓国に対して、漁業団体が韓国大使館に撤回を求めに行ったり、日本政府も16日、WTOで「化学的な根拠に乏しい」と訴える予定であるという。
 
以下、外務省のサイトにある、主要国や地域における日本からの輸入禁止・制限の一覧である。主要国・地域」とあるので実際の国の数はもっと多いはずだ。これは7月1日時点のものなので最新の韓国の決定は含まれていない。また、米国は9月9日に輸入規制の対象件を8県から14県に増やしている(岩 手 、宮 城 、福 島 、茨 城 、栃 木 、群 馬 、千 葉 、 神 奈 川 だったのが、神奈川を外し、青森、山形、埼玉、新潟、山梨、長野、静岡の7県を追加)。http://www.maff.go.jp/j/export/e_shoumei/pdf/usa_seigo_130927.pdf 
この事実を誰が報道しただろうか。日本政府は米国に対して、韓国に対するのと同様に「非科学的」と非難したか。
 
以下外務省の表を見ると、福島、栃木、群馬、茨城からの食品は中国、香港、台湾も全面輸入禁止である。中国については千葉、宮城、新潟、長野、埼玉、東京も。これだけの国が日本からの食品を輸入禁止・制限しているのにどうして日本は韓国だけをターゲットにして苦情を言うのだろうか。米国や中国の大使館にどうして撤回の要請をしないのか。他の国にはどうして「非科学的」と言わないのか。それともそのような行動は行われているが報道されないということか。
 
想像してみてほしい。もし日本に一番近い韓国で福一に相当する原発事故が起きていて汚染も同程度であると仮定したら、日本は「科学的根拠」がないので輸入規制をしないとでも言うだろうか。これらの国や地域は自分の国や地域の人々の健康を守るためにこのような規制を敷いているのである。日本が加害国ではなく被害国だったら同様の対策を取るであろう。本当の責任者である政治家や電力会社の誰一人も刑事訴追できない国が、自国民を守るために輸入規制する国に責任転嫁する姿は恥ずかしいとしか言えない。
 
以下、外務省サイトより。
 

 

 
 
ちなみに私が住むカナダは311後一番早く規制全面解除した不名誉な国である。2011年当時、9月に野田首相はニューヨークでハーパー首相と会談し、他国に先駆けてカナダが輸入規制を撤廃したことにたいし感謝の意を伝えている。@PeacePhilosophy

Saturday, October 05, 2013

日本でだけ報道されないケリー、ヘーゲル両長官の千鳥ヶ淵戦没者墓苑訪問の意義

4日のこの投稿がアクセスを集めている。

画期的な米国務、国防長官揃っての千鳥ヶ淵墓苑訪問の意味は、「米国のアーリントン墓地に相当するのは靖国ではなく千鳥ヶ淵である」という、安倍政権へのメッセージ

ケリー、ヘーゲル長官の揃っての来日を、日米同盟重視のしるしであると大騒ぎしていた政府とメディアが横並びで口をつぐんだのが、二人が来日して最初に訪れた千鳥ヶ淵戦没者墓苑である。行ったことは報道しても、その意義については完全に緘口令がかかっているかのように見える。311のときの「炉心溶融」を思い出すくらいである。

意義について何か語っているとすれば(強調はブログ筆者)、

朝日新聞は4日の記事「日米、同床異夢 米国、中国との衝突を懸念 2プラス2」で「閣僚らの靖国神社参拝をめぐって日本と中国、韓国とが摩擦を繰り返す中、今月17日からの秋の例大祭では安倍政権の閣僚の参拝も取りざたされている。この時期に米国の2閣僚が千鳥ケ淵に足を運んだのは、先の大戦を巡って関係が膠着(こうちゃく)状態にある日中韓に対し、大戦の当事国でもあった立場から和解の重要性を示したとも見て取れる。」と報じている。

時事は「同墓苑は宗教色がなく、A級戦犯が合祀(ごうし)されて閣僚の参拝が中韓両国との対立の種になっている靖国神社と異なる。米閣僚の訪問には、戦没者の追悼をめぐり、冷静な態度を維持するよう日本を含む各国に促すメッセージが込められている可能性もある。」と報じた。

共同は「歴史認識問題も影を落とす。ケリー、ヘーゲル両氏は3日、都内の千鳥ケ淵戦没者墓苑で献花した。外国閣僚による「異例の行動」(外務省幹部)に、中韓両国の反発を招く靖国神社参拝に代わる追悼の形を日本側に示す狙いが込められているとの臆測が流れた。」と伝えている。

しかしAFPの記事によると、ヘーゲルとケリーの千鳥ヶ淵献花について米国高官がメディアに対してその意義を語っているのだ。前回の投稿でのAFP記事の抜粋翻訳より。

米国高官がメディアに伝えたところによると、ケリーとヘーゲルは「アーリントン墓地に日本の防衛大臣たちが献花するのと」同様に、千鳥ヶ淵に敬意を表した。

高官「この墓苑が一番(アーリントンに)近いものだ。第二次世界大戦の戦場で死んだ日本兵、民間人、補助的業務に就いていた人々に敬意を表するもの。これは和解と尊敬の意思表示である。」

これは米政府による「日本でアーリントン墓地に一番近いのは千鳥ヶ淵墓苑であって、靖国ではない」という明確な意思表示である。これらの報道各社はこの米国の見解を聞いているとしたら、どうして「見て取れる」とか「可能性」とか「憶測」とか曖昧な表現しか使えないのか。それも「日中韓に対する和解を促すメッセージ」とか、「喧嘩は両成敗」的な語調を使っている。この訪問の意味は、アーリントンは靖国に相当するものだと主張した安倍氏に対する「アーリントンと靖国を一緒にするな」との明確なメッセージである。

英語による他の報道を見てみる。

AFP-Jijiの記事を使って、日本の英字新聞 Japan Timesは:
Kerry, Hagel visit Chidorigafuchi to diminish Yasukuni
「ケリーとヘーゲルは靖国の位置をおとしめるために千鳥ヶ淵を訪問」

というダイレクトな見出しを付けている。

タイの「バンコク・ポスト」の3日の記事
Kerry at 'Japan's Arlington' in US war shrine nudge
「ケリーの「日本のアーリントン」訪問は、米国による日本の戦争神社についての小言」
で、
US Secretary of State John Kerry laid a wreath at a Tokyo cemetery Thursday, in an apparent American attempt to nudge Japan away from lionising its controversial Yasukuni Shrine.
木曜日、東京の墓地で献花した米国国務長官ケリーの行為は明らかに、物議をかもしている靖国神社を日本がもてはやすのを止めるように促す米国による試みである。
 と言っている。これも内容からしてAFP通信の報道をもとにしているようだ。そう思って見返したら、4日紹介した Japan Today のAFP記事からはこの冒頭の一文が切られていることに気づいた。AFPBB日本語版のサイトの記事からもこの文は切られている。訪問を率直に報道したAFPでさえ日本人の目に触れやすい場所では一番肝心な文を削除するということだろうか。

新華社通信は、
Kerry and Hagel earlier in the day paid their respects at the nationally recognized Chidori ga Fuchi cemetery, with pundits suggesting this was a calculated move aimed at dissuading Japanese politicians from visiting the controversial Yasukuni shrine, which enshrines 14 Class-A convicted war criminals and is an unabashed symbol of Japan's brutal colonial rule in Asia during WWII.
(3日の)朝、ケリーとヘーゲルは国に認められた千鳥ヶ淵墓苑に行った。専門家はこれは14人のA級先般を祀った物議をかもす靖国神社に日本の政治家たちが行くのを断念させるための計算された動きであると示唆している。
と報道。

AFP の記事は香港の英字紙南華早報英語版 South China Morning Post、シンガポールの Straight Times など、アジア全域に報道されている。

韓国の朝鮮日報の英字版 Chosun Ilbo は6日付の記事
Kerry、Hagel Dodge Militarist Shrine in Japan
「ケリーとヘーゲルは日本の軍国神社から身をかわす」という記事で、
U.S. Secretary of State John Kerry and Defense Secretary Chuck Hagel visited the secular Chidorigafuchi National Cemetery in Tokyo but gave the religious Yasukuni Shrine a wide berth.
米国国務長官ケリーと国防長官ヘーゲルは東京で宗教とは関連のない千鳥ヶ淵国立墓苑を訪れ、宗教施設である靖国神社からは距離を置いた。
と言っている。

そんな中今日(6日)、中国新聞や琉球新報に、共同の記事と思われる「首相どうする?靖国参拝 「秋は困難」の見方」が載っていた。そこにはこうある。
安倍晋三首相が今月17日から20日までの靖国神社の秋季例大祭に合わせて参拝するかどうかに注目が集まっている。かねて参拝に意欲を見せる首相だが、実際に踏み切れば、中国や韓国が猛反発し、外交懸案となっている両国との首脳交流の再開が遠のくのは確実。政府、与党内では「秋は困難」との見方が大勢だ。
この報道はやはり他の日本メディアと同様、ケリーとヘーゲルの千鳥ヶ淵墓苑献花によって靖国参拝に対する強いけん制が米国から3日前に示されたことに全く触れず、反対しているのは中韓だけだということにして安倍氏をかばおうとしている。安倍氏が 秋季例大祭とやらで参拝したら中国韓国どころか、安倍氏ら日本政府が大好きな米国との関係までに悪影響が及ぶのだ。安倍や日本の閣僚が、天皇のために戦争で死んだ人たちを神として祀り、日本軍のアジア諸国への侵略や加害を否定する歴史観を持つ神社を参拝してきたことは世界中から「ドイツの指導者がヒットラーの墓に参るのと同じだ」という認識を持たれていることを、日本の人たちはいい加減に知るべきである。それでもやるというのだったら世界中を敵に回す覚悟で、やれるものならやってみろという思いで見ている。@PeacePhilosophy

このブログでの過去の参考投稿
「子どもと教科書ネット」による「第2次安倍晋三内閣の超タカ派の大臣たち」

成澤宗男: 安倍晋三と極右歴史修正主義者は、世界の敵である
(英語、中国語、韓国語に訳され世界中に発信された記事)

外交評論家、天木直人氏のブログより
ケリー、ヘーゲルが千鳥が淵墓苑に顕花した衝撃

Friday, October 04, 2013

「子どもと教科書ネット」による「第2次安倍晋三内閣の超タカ派の大臣たち」 The Abe Cabinet - An Ideological Breakdown (Update) by Yoshifumi Tawara

子どもと教科書全国ネット」の俵義文さんによる安倍内閣の大臣、副大臣、政務官、自民党役員の所属団体表の最新のものです。カルト集団ともいえるこのような恐ろしい人たちを選ぶ有権者たち、またオリンピックで日本に足を踏み入れようとしている人たちにぜひしっかり目を見開いて見てもらいたいものです。海外に広めたい人は、安倍第二次政権発足時にカナダ・コンコーディア大学のマシュー・ペニー助教授による The Abe Cabinet - An Ideological Breakdown  (安倍内閣:政治思想の内訳)として各所属団体解説つきの英訳が出ております。『アジア太平洋ジャーナル:ジャパンフォーカス』より。http://japanfocus.org/events/view/170
 
【資料】 第2次安倍晋三内閣の超タカ派の大臣たち

20131004日改訂  俵 義文(子どもと教科書全国ネット21)作成



大 臣

 氏 名

         所属の議員連盟など

総 理

安倍 晋三

歴史、日本(副幹事長)、教科書(顧問)、神道(会長)、靖国、改憲、同盟(顧問)、創生(会長)、拉致(顧問)、「慰安婦」、親学(会長)

副総理・財務・金融

麻生 太郎

日本(特別顧問)、神道(名誉顧問)、靖国、教基法(顧問)、改憲、同盟、創生(委員)、拉致(顧問)

総 務

新藤 義孝

教科書、神道、靖国、改憲、創生(副幹事長)、「慰安婦」、拉致

法 務

谷垣 禎一

歴史、日本(相談役)、神道、靖国、同盟(顧問)

外 務

岸田 文雄

歴史、日本、教科書、神道

文部科学

下村 博文

日本(事務局長)、教科書(幹事長)、神道、靖国、教基法(委員長代理)、改憲、同盟、創生(副会長)、反日教組、正しい、「慰安婦」、親学(事務局長)

厚生労働

田村 憲久

日本、神道、靖国

農林水産

林 芳正

神道、靖国、改憲、同盟(事務局次長)

経済産業

茂木 敏光

日本、神道、靖国、改憲

国土交通

太田 昭宏

改憲(顧問) (公明党)

環境・原発

石原 伸晃

神道、改憲、同盟(副会長)、創生(委員)

防 衛

小野寺五典

日本、靖国、創生(委員)

復 興

根本 匠

日本、教科書、神道、靖国

国家公安・国土強靭化

古屋 圭司

日本(副会長)、教科書(会長)、神道(事務局長)、靖国、教基法(委員長)、反日教組、改憲、創生(会長代理)、反中国(副会長)、正しい、米抗議、拉致(副幹事長)、「慰安婦」

経済再生・一体改革沖縄北方・科技

甘利 明

日本、神道、靖国、改憲

沖縄・北方

山本 一太

教科書(事務局次長)、神道、靖国、改憲、同盟、創生(副幹事長)、拉致(副幹事長)

行政改革

稲田 朋美

日本(事務局長代行)、教科書、神道、靖国、同盟、創生(事務局長代理)、正しい(事務局長)、南京、反中国(事務局長)、W・P、「慰安婦」、拉致(幹事)

少子化

森 雅子

神道、反日教組

官房長官

菅 義偉

日本(副会長)、教科書、神道、靖国、改憲、創生(副会長)

 首相補佐官

 

 

国政の重要課題

衛藤 晟一

歴史、日本(幹事長)、教科書(会長代行)、神道、靖国、教基法(副委員長)、改憲、同盟、創生(幹事長)、反日教組、正しい、拉致(副会長)、「慰安婦」

国家安全保障・選挙制度

磯崎 陽輔

神道、靖国、改憲、同盟、創生(委員)

ふるさと

木村 太郎

日本、神道、靖国、改憲、同盟(監事)、創生(委員)

 官 房

 

 

官房副長官

加藤 勝信

日本(幹事)、神道、靖国、同盟、創生(事務局長)

官房副長官

世耕 弘成

日本、神道、靖国、同盟、創生(副会長)、反日教組、「慰安婦」

 

 

 

 副大臣

 氏 名

         所属の議員連盟など

復 興

谷 公一

神道、同盟

復 興

浜田 昌良

(公明党)

内 閣 府

後藤田 正純

神道、靖国、改憲

内 閣 府

西村 康稔

日本、神道、靖国、教基法(委員長)、創生(副幹事長)、拉致(副幹事長)

内閣府兼復興

岡田 広

日本、神道、靖国

総 務

上川 陽子

神道、改憲

総務兼内閣府

関口 昌一

神道、靖国、創生(委員)

法 務

奥野 信亮

日本(幹事)、神道、靖国、改憲、同盟、創生、反日教組

外 務

岸 信夫

日本、神道、靖国、改憲、創生(委員)、「慰安婦」

外 務

三ツ矢 憲生

神道、靖国、改憲、反日教組

財 務

古川 禎久

日本(政審副会長)、神道、靖国、創生(副幹事長)、正しい、WP

財 務

愛知 治郎

日本、神道、改憲、拉致

文部科学

櫻田 義孝

日本(副幹事長)、教科書、神道、靖国、教基法(副委員長)、改憲、同盟、創生

文部科学

西川 京子

日本(副幹事長)、教科書(事務局長)、靖国、教基法(理事)、創生、反日教組、中国(会計監事)

厚生労働

佐藤 茂樹

(公明党)

厚生労働

土屋 品子

神道、靖国、改憲

農林水産

江藤 拓

日本(幹事)、神道、靖国、同盟、創生(副幹事長)、拉致(副幹事長)、正しい、WP

農林水産

吉川 貴盛

日本、神道、靖国、反日教組

経済産業

松島 みどり

神道、改憲

経済産業兼内閣

赤羽 一嘉

(公明党)

国土交通

高木 毅

神道、靖国、創生(副幹事長)、拉致

国土交通

野上 浩太郎

神道、靖国

環 境

北川 知克

神道

環境兼復興

井上 信治

日本、神道、靖国、改憲、創生(委員)、反日教組、親学、拉致

防 衛

武田 良太

日本、靖国、創生、正しい

大臣政務官

 氏 名

         所属の議員連盟など

内閣府兼復興

亀岡 偉民

日本、神道、靖国、同盟、創生(委員)、WP

内閣府兼復興

小泉 進次郎

神道、靖国

内閣府兼復興

福岡 資麿

神道、靖国

総 務

松本 文明

日本、靖国、同盟、創生、WP、米抗議

総 務

藤川 政人

神道、靖国

総務兼内閣府

伊藤 忠彦

靖国、同盟

法 務

平口 洋

神道

外 務

石原 宏高

神道

外 務

木原 誠二

日本、同盟

外 務

牧野 たかお

神道、靖国、創生(委員)

財 務

葉梨 康弘

神道、日本、靖国、改憲、同盟

財 務

山本 博司

(公明党)

文部科学

冨岡 勉

神道

文部科学

上野 通子

神道、靖国、「慰安婦」

厚生労働

高鳥 修一

日本(事務局次長)、神道、靖国、創生、正しい

厚生労働

赤石 清美

 

農林水産

小里 泰弘

神道、靖国、創生、同盟

農林水産

横山 信一

(公明党)

経済産業

田中 良正

神道、靖国

経済産業兼内閣府

磯崎 仁彦

靖国、親学、「慰安婦」

国土交通

土井 亨

日本(幹事)、神道、同盟、WP

国土交通

中原 八一

神道、靖国

国土交通兼復興

坂井 学

神道、靖国、WP

環 境

牧原 秀樹

神道

環境兼復興

浮島 智子

(公明党)

防 衛

木原 稔

神道、靖国、WP

防 衛

若宮 健嗣

靖国

自民党役員

 氏 名

         所属の議員連盟など

副総裁

高村 正彦

神道、靖国、拉致(顧問)

幹事長

石破 茂

日本(相談役)、神道、靖国、改憲、拉致(顧問)

幹事長代行

浜田 靖一

日本、教科書(副幹事長)、神道、靖国、改憲

幹事長代理

吉田 博美

神道、靖国、改憲

総務会長

野田 聖子

教科書、神道、靖国、改憲

政調会長

高市 早苗

日本(政策審議副会長)、教科書(幹事長代理)、神道、靖国、改憲、創生(副会長)、反日教組、拉致、「慰安婦」

国対委員長

鴨下 一郎

日本、創生(副会長)、反日教組

国対委員長代理

佐藤 勉

教科書、神道、靖国、改憲

参・議員会長

中曽根弘文

日本(会長代行)、神道、靖国、教基法(顧問)、改憲、同盟(副幹事長)、創生(会長代行)、教基法(顧問)、正しい

参・幹事長

横手 顕正

神道、同盟

参・幹事長代行

岸 宏一

神道、靖国、同盟、創生(委員)、「慰安婦」

参・政審会長

橋本 聖子

日本(幹事)、教科書(幹事)、靖国、教基法(副委員長)

 

◇議連略語の名称

*歴史=自民党歴史・検討委員会

日本=日本会議国会議員懇談会(「日本会議議連」)

教科書=日本の前途と歴史教育を考える議員の会(「教科書議連」)

神道=神道政治連盟国会議員懇談会(「神道議連」)

靖国=みんなで靖国神社に参拝する議員の会・この数年間の靖国参拝議員(「靖国議連」)

改憲=憲法調査推進議員連盟(超党派の「改憲議連」)

同盟=新憲法制定議員同盟(超党派の「改憲同盟」)

創生=創生「日本」(「戦後レジーム」からの脱却、改憲をめざす超党派議員連盟)

教基法=教育基本法改正促進委員会(自民・民主による超党派議連)

拉致=北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟(「拉致議連」)

正しい=正しい日本を創る会

反中国=中国の抗日記念館から不当な写真の撤去を求める国会議員の会

南京=映画「南京の真実」賛同者

W・P=米「ワシントンポスト」に「慰安婦」否定の意見広告

米抗議=アメリカ下院の「慰安婦」決議への抗議

「慰安婦」=米・ニュージャージー州「スターレッジャー」に「慰安婦」否定の意見広告

反日教組=日教組問題を究明し、教育正常化実現に向け教育現場の実態を把握する議員の会(「日教組糾明議連」)

親学=親学推進議員連盟。高橋史郎が理事長の親学推進協会と連携して20124月に設立

※これらの議連など解説は俵義文著『あぶない教科書科書NO!』(花伝社)又は『安倍晋三の本性』(金曜社)参照

 

※参考(数字は人数、比率)



 

大 臣

首相補佐官

官房副長官

副大臣

政務官

   合 計

日本

 13

68.4%

        2

        2

   12

    6

35

 46.1%

教科書

  9

 47.4%

        1

 

    2

     

 12

 15.8%

神道

  17

 89.5%

        3

        2

   19

  18

 59

 77.6%

靖国

  15

 78.9%

        3

        2

   17

   17

 54

 71.1%

改憲

  12

 63.2%

        3

 

   10

    1

 26

 34.2%

同盟

   8

 42.1%

        3

        2

    4

    7

 24

 31.5%

創生

  10

 52.6%

        3

        2

   11

    5

 31

 40.8%

 

   *大臣19人、首相補佐官3人、官房副長官2人、副大臣25人、政務官27人 計76