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Monday, June 27, 2011

完璧を要する原子力と、完璧でない人間は相容れない: ジョナサン・シェル論説 Nuclear power requires perfection. But human life is a scene of error and turmoil: Jonathan Schell

Here is a Japanese translation of Jonathan Schell's opinion article on Kyodo News (English version) on June 24th, 2011. Translation by Izumi Tanaka and Satoko Norimatsu.

共同通信の英語版ページに6月24日に出た、アメリカの著名な反核ジャーナリスト、ジョナサン・シェル氏の論説の翻訳を紹介します。この記事の原題は "Nuclear Power Requires Perfection" で、直訳すると「原子力は完璧を求める」となります。しかし、シェル氏がこの記事で訴えているのは「原子力を扱うには完璧な存在である必要がある。しかし人間は本来完璧ではない。従って人間に原子力は扱えない」ということであり、この題にも「原子力は、人間には所詮無理である完璧さを求めている」という意味を込めています。そこで日本語の表題ではカッコ内に以下のような注釈をつけました。

原子力の求める「完璧」(不完璧な人間には無理)
ジョナサン・シェル 

ニューヨーク、6月24日 共同

福島で起きた原子力の大惨事から3カ月が経過し、はっきりとした世界的影響があらわれてきている。

ジョナサン・シェル
この事故以前には進行中ということになっていた「原子力ルネッサンス」計画は、現在中断しているように見える。そして世界は原子力発電からの完全な撤退という長い道のりを歩み始めたかのようにさえ見える。

日本では、もちろん、すべての原発が見直しの対象となっている。菅直人首相は福島の危機が収束したら退陣すると国民に保証しなければならなかった。

イタリアでは人々が原子力に反対票を投じた。スイス議会も同様の道をえらんだ。ドイツは原子力を段階的に廃止することになった。

ドイツのケースには特別な歴史的意義がある。1938年、ドイツの化学者オットー・ハーンが初めてウランを核分裂させ原子の中のエネルギーを放出させた。これによって原子力発電と核爆弾製造の両方が可能になったのである。

そういう意味では、原子力時代はドイツで始まったといえる。そして、同じドイツで終わりを遂げるのだろうか?

それがどうあれ、このような脱原発の結論がどのように導かれてきたかを考えてみることは興味深い。基本的には、原発に対する考え方を改めてきているのは政府ではなく、普通の市民たちである。ドイツの政策の転換は、地方選挙で与党が敗北した直後におとずれた。イタリアでは、政府の計画を選挙民が拒否した。

一般の庶民は原子力の専門家ではない。しかし、多くの専門家が見て見ぬふりをしていることをしっかりわかっている。それは、どんなに順調に運営されている事業においても、物事はうまくいかなくなるということである。

例えば、請負業者は賄賂を取る。中央制御室の担当者は居眠りする。想定より早く電池が切れる。科学者は、査察対象の業界から研究資金をもらっているので、研究結果を隠す。

地震や津波、格納用の構造物への飛行機の衝突といった深刻で稀な事態は、どうしてもこういった過ちや失敗だらけの背景の中で起こるのである。

もちろん、責任者たちは、電池や発電機の量を増やすとか、格納用の壁を厚くするとか、警備員の数を増やすといった安全策を次々と出してくるだろう。

しかし一般人は本当のことを知っている。過去の安全策と同様に、人間がやることには必ずミスが起こりうるということを。そのミスに対し支払う代償が、例えば工場の運転資金超過であるとか、高速道路のでこぼこを直すための増税だったとしたら、人々は納得して支払っていくであろう。

しかし、6つもの原子炉から、風向きによってあちこちに放射能がまき散らされ、、人の住めない広大な土地ができるというのは、あまりに大きすぎる代償である。

原子力というものは完璧な存在でなければ運営できない。しかし、人間というものは本来過ちや騒動を起こすものなのである。問題は、壊れた弁とか不充分な防護壁ではない。地震や津波ですらないのだ。

問題の本質は、どうしても過ちを犯す人間というものと、人間にはとても制御しきれない原子力というものは根本的に相容れないということなのである。フクシマの教訓とはまさしくそこにあるのであり、世界はその教訓を生かし始めているのである。

(ジョナサン・シェル 1943年NY生まれ。米国の反核運動に影響を与えたジャーナリストとして知られる。『地球の運命』(''The Fate of the Earth'')や『時の贈り物』(''The Gift of Time.'')などの著書がある。)

==共同

(翻訳 田中泉 乗松聡子)


OPINION: Nuclear power requires perfection

By Jonathan Schell

NEW YORK, June 24, Kyodo

http://english.kyodonews.jp/news/2011/06/99203.html

It has been three months since the Fukushima nuclear power disaster, and a clear global consequence is emerging.

The ''nuclear renaissance'' that supposedly was getting under way before the accident looks as though it has been stopped, and the world may even have begun the long process of getting out of the nuclear power business altogether.

In Japan, of course, all of nuclear power is under review, and Prime Minister Naoto Kan has had to assure the country that he will step down after the Fukushima crisis is over.

In Italy, the people have voted down nuclear power. The Swiss parliament has set the same course. Germany will phase out nuclear power altogether.

The German case is of special historical importance. In 1938, the chemist Otto Hahn first split uranium atoms, releasing the energy in them, making possible both nuclear power and nuclear bombs.

In this respect, the nuclear age began in Germany. Will it also end there?

However that may be, it is interesting to inquire how this result is being reached. The basic answer is not that governments have reconsidered. Ordinary people have.

The reversal in the German policy came after the ruling party suffered defeats in local elections. In Italy, it was the voting public that vetoed the government's plans.

Ordinary people are not nuclear experts. But they know some things that many experts prefer to forget. They know that even in the best-run enterprises, things go awry.

The contractor takes a kickback. The operator at the control panel falls asleep. The battery runs out sooner than expected. The scientist shades his findings because he has received a grant from the industry under inspection.

All this forms the inescapable background when the big, rare challenges arise: the earthquake, the tsunami, the airliner crash into the containment structures.

Of course the people in charge come up with new, improved safety plans -- more batteries, more generators, thicker containment walls, more security guards.

But the truth known to ordinary people is that these are subject to the same ineradicable human foibles as the old safety plans. When the stakes are a cost overrun on a factory or heavier taxes or potholes in a highway, everyone eventually accepts the cost and moves on.

But when the cost could be six nuclear reactors belching radiation wherever the winds have to carry it, rendering large territories uninhabitable, the cost is too high.

Nuclear power requires perfection. But human life is a scene of error and turmoil. The problem is not a broken valve or an inadequate flood wall or even the earthquake or tsunami.

It is the fundamental mismatch between fallible human beings and a universal power that is too great for us to control. That is what Fukushima teaches and that is what the world is learning.

(Jonathan Schell, born in New York in 1943, is known as a journalist who has had influence on antinuclear movements in the United States. He has written books such as ''The Fate of the Earth'' and ''The Gift of Time.'')

==Kyodo

Friday, June 24, 2011

『広島・長崎への原爆投下再考 -日米の視点』(木村朗/ピーター・カズニック著)書評紹介

夏が近づきました。日本では各地ですでに猛暑を記録しています。

今年の広島、長崎も暑くなるでしょう。福島第一事故による核被害が続く中での原爆66周年は特別な意味を持つことになります。

昨年11月に法律文化社から出版した 

『広島・長崎への原爆投下再考 -日米の視点-』(木村朗/ピーター・カズニック著 乗松聡子訳)

の書評は、『週刊金曜日』(成澤宗男)、『中国新聞』(田城明、英文版も)のものを以前紹介しましたが、追加で、『図書新聞』(田中利幸、3月19日)、『長崎新聞』(石田鎌二、5月17日)のものを紹介します。画像をクリックすると大きく見られます。



Thursday, June 23, 2011

Coco Magazine Interview, June 2011 Issue 『ココマガジン』6月号原発問題特集

バンクーバーの『Coco Magazine 』に取材を受けて6月号に掲載されたものを紹介します。Coco Magazine は2002年創刊、カナダの移住者や短期滞在者向けの隔月刊の情報誌です。


子どものいるお母さんたちもたくさん読んでいる Coco Magazine

記事をクリックすれば大きく見られます。

Wednesday, June 22, 2011

福島第一からの放射性物質は約2週間で北半球全域を覆った The radioactivity from Fukushima travelled around the Northern Hemisphere within two weeks

(9月14日追記。セシウムの海洋汚染拡散についての重要な報道があったので、記録のためにも、英語版と日本語版を下方に貼り付けておく。)

福島第一の事故から出た放射性物質が2週間余りで北半球を駆け巡ったことは、日本では報告はあってもあまり強調されなかったように思える。しかし6月22日、下記に引用した九大と東大のグループの発表は、日経、産経、時事、FNN、毎日放送、朝日放送などかなり多くの媒体に、ドラマティックな動画とともに報道された(下方参照)。

包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)準備委員会は核実験を監視するために全世界63か所に精密な計測機器のネットワークを張り巡らせている。福島第一の事故による放射性物質を世界中でいち早く捉えたのはこれらの計測地点であった。日本では群馬県高崎にある。資料「高崎に設置されたCTBT放射性核種探知観測所における放射性核種探知状況(6月11日時点)」には、3月12日から6月10日までに検知された核種別の計測値が記録されているのでぜひ見てほしい。3月15-16日に一番のピーク、同20-21日に二番目のピーク、同29-30日を三番目のピークがあり、セシウム(Cs)-134、136及び137、ヨウ素(I)-131~133、ランタン(La)-140、テルル(Te)-129、129m及び132、テクネチウム(Tc)-99m、バリウム(Ba)-140等の放射性物質が高い濃度で検知されている。

CTBTOは3月25日のプレスリリースで、IAEA(国際原子力機関)、WHO(世界保健機関)、世界気象機関(WMO)などの国際機関と連携し、全世界120の加盟国や1200の研究機関と情報を共有しながら福島核危機への対応を専門的な観点から助言していくと言っている。4月13日の報告では、「福島第一から250キロ離れた高崎で3月12日に放射線を検知、3月14日にはロシア東部で、そして2日後には米国西海岸で検知された」とある。さらに、「事故から9日後には北米を横断した。その3日後にはアイスランドで放射性物質が検出され、ヨーロッパに到達したことがわかった。事故後15日目までには、北半球中で検出可能な状態となった。当初4週間は北半球に留まったが、4月13日までには、アジア太平洋の南半球方面にまで広がり、オーストラリア、フィジー、マレーシア、パプア・ニューギニア等でも検出された」とある。

日本ではこのCTBTOの計測ネットワークや高崎の計測所の存在、世界全体への放射線物質の拡がりもあまり報じられることがなかったので、今回の九大と東大のグループの発表が幅広く報じられたのは少々驚いた。日本の研究機関の発表だったからだろうか。いずれにせよ、いつもながら、日本の情報は遅いと感じた。せっかく精密計測機器を世界に張りめぐらせていても、国際機関や国が把握していても、市民の放射線防護に役立ててきたかといえば大いに疑問が残る。 

冷戦時代の大気中の放射能。1つめのピークが50年代後半、
2つめの一番高いピークが60年代半ば、右側の小さめのピーク
がチェルノブイリ原発事故(CTBTOサイトより

最近になって「チェルノブイリやフクシマは、1950-60年代に集中的に行われた大気圏核実験による影響に比べたら大したことない」といった論調をよく聞くようになった。以前はチェルノブイリと比べることも論外のように言われたが、福島第一事故が今、チェルノブイリに匹敵するか、それ以上になるかもしれないという事故であるということが隠せなくなり、今度は昔の何千回もの核実験と比べて「大したことない」と言おうとしているように思える。

確かに1945年から1998年にかけて、2000回以上もの核実験がなされて世界全体が被曝し、地球は核汚染惑星となった(下記動画参照)。CTBTOのサイトによれば、50-60年代のピーク時は放射性降下物が広範囲でまき散らされ、放射性物質による多数の病人や死者を生みだし、今日に至るまで居住できない広範囲の場所を作りだした。上のグラフを見てもわかるように、この時期の核実験の数々は地球全体の放射能のレベルを引き上げ、後に起こるチェルノブイリ原発事故による上昇が「小人のように」見えてしまうほどの汚染を生みだした。実験場から相当距離の離れているところでも、子どもの乳歯から放射性物質が検知されたほどである。

福島第一の事故による被曝や放射線を軽視したい「専門家」先生たちは、各地の放射線講座などで、人間は平均的に年間2.4ミリシーベルト被曝しているのだし、飛行機に乗っても、X線撮影を受けても被曝するのだから、放射線をあまり怖がってはいけない、といった論調で人々を説得しようとしてきた。「すでに人為的な被曝をここまでさせられてきたのだから、これ以上の被曝をなるべくしないようにするべきだ」とは誰も言わない。「もうどうせこんなに被曝しているのだからもっと被曝してもいい」という論理は、「どうせアル中だからもっと飲んでも同じだ」とか、「どうせ肥満なのだからここでアイスクリームひとつ我慢する意味はない」、というのと同じである。そんな助言をする医者がいたら皆さんは信用するだろうか。私はできない。最初から命や健康を放棄した考え方である。特に放射線に敏感な子どもたちとこれから生まれる子たちを、私たちはどうやって守っていくのか。「どうせ被爆惑星に生まれてきてしまったのだから、観念して被曝しなさい」などというだろうか。少しでも被曝を減らす、という思いをもって除染したり、食べものや飲む水を注意して選んだり、避難したりすることこそが、子どもを守る当然の行為ではないだろうか。

市民はほとんど知らされないままに、世界的被曝が日常的となっていた時代の再現映像。
video
1945-1998 に行われた2千回以上の核実験がビジュアルにわかる動画(CTBTOより

以下、今回の九大・東大グループの発表の報道。
 

福島第1原発事故 放射性物質、9日間で北半球をほぼ1周 九大・東大研究グループ発表

フジテレビ系(FNN) 6月23日(木)0時55分配信

福島第1原発事故で、放射性物質が世界に拡散していく様子が、九州大学と東京大学の研究グループが行ったシミュレーションで明らかになった。
日本を起点に渦を巻き、瞬く間に広がる青い帯。
これは、九州大学と東京大学の研究グループが、福島第1原発からの放射性物質が世界に拡散していく様子をシミュレーションしたもの。
東京大学の中島映至教授は「日本から出たものが、地球をどういうふうに取り巻いているかという問題に関するお話でありまして」と話した。
別の角度、北極の真上から見た図について、東京大学・中村 尚教授は「番号が振ってあるのは、原発起源の放射性物質が(実際)観測されたという位置と、それから時系列、時間的な順番を示しています」と話した。
シミュレーションは、3月14日の夜から23日までの9日間のもの。
福島の放射性物質は、この期間で北半球をほぼ1周したことになる。
研究によれば、事故後、地表近くの放射性物質は、東日本を通った低気圧の上昇気流によって、上空5,000メートル以上に巻き上げられ、その後、ジェット気流に乗り、アメリカやヨーロッパまで運ばれたという。
一方、6月22日、福島第1原発では、2号機の原子炉建屋内の写真が新たに公開された。
茶色くたまっているのは地下の汚染水で、水面近くでは、1時間あたり430ミリシーベルト(mSv)もの高い放射線量が計測された。
そのため東京電力では、遮蔽(しゃへい)対策を行ったうえで、作業員が水位計などの設置作業を行ったという。.最終更新:6月23日(木)1時13分

産経新聞

九大・東大、放射性物質の拡散シミュレーション 福岡
http://sankei.jp.msn.com/region/news/110623/fkk11062302120001-n1.htm 

2011.6.23 02:12
 ■内陸の高濃度化、低気圧が影響 3日後北米、1週間後欧州にも

 九州大学と東京大学の研究グループは22日、東京電力福島第1原発2号機で3月15日に起きた水素爆発で放出された放射性物質が、海上の低気圧の影響で東北地方の内陸部に拡散し、さらに偏西風(ジェット気流)で太平洋を越え、米国や欧州に到達する様子を再現したコンピューター・シミュレーションの結果を発表した。

 福島第1原発の北西方向の内陸部では、局地的に放射線量が高い「ホットスポット」の存在が確認されている。研究グループでは「東日本南側の低気圧による風と雨、雪の影響でホットスポットが生じた」とみている。

 シミュレーションは、九大応用力学研究所の竹村俊彦准教授が開発した、大気中の微粒子の全地球的な動きを解析するコンピューターソフト「スプリンターズ」を使用。2号機が水素爆発した3月15日早朝前後の気象条件のデータなどを用いて分析した。

 3月14~15日にかけては、東日本の南側を低気圧が通過。原発周辺では南東の風が吹いていた。この風で放射性物質は東北地方の内陸部に運ばれ、雨や雪とともに地表に落ちた様子が再現された。

 また、放射性物質は事故直後、地表から1~1・5キロの層に滞留していたが、低気圧に伴う上昇気流で5キロまで巻き上げられ、秒速30メートルのジェット気流に乗って太平洋を横断。3日後に北米西岸、1週間後には大西洋も渡って欧州に達した。

 このシミュレーション結果は、米国や欧州各国で観測された放射線量のデータとほぼ一致した。

 ただ、放射性物質は上空に巻き上げられた直後から拡散。ジェット気流に乗って東へ流されながらも海に落下し、米国西岸の放射線量は福島原発付近の1億分の1にまで低下した。

 九州大の竹村准教授は「放射性物質の拡散に低気圧の影響が大きかったことが分かった。欧米にも到達したが、濃度は急激に低くなっており、人体に影響があるかは全くの別問題」と話している。

日経新聞

放射性物質、海を越え米欧に達した状況再現 九大・東大
http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C93819695E0E0E2E7948DE0E0E2E4E0E2E3E39180EAE2E2E2;at=DGXZZO0195579008122009000000
スパコンで解析 2011/6/22 21:18 ニュースソース 日本経済新聞 電子版  九州大学と東京大学は東京電力福島第1原子力発電所の事故で放出された放射性物質が、太平洋を越えて海外に達した様子を計算モデルを使って再現し22日発表した。放射性物質は東日本を通過した低気圧に伴う上昇気流で高層に巻き上げられ、偏西風に乗って東へ運ばれた。地表付近では原発近くで南東の風が吹き、北西方向に放射性物質が広がった。

日本時間3月18日9時。原発付近の放射性物質濃度を1とした場合の広がり方(九大・東大提供)
3月21日9時。放射性物質は薄まりながら欧州に達した(九大・東大提供)

 研究グループは今回の手法を使えば、原発事故の際の放射性物質の動きを広範囲にわたり予測するのに役立つとみている。

 福島第1原発からは3月14~16日に起きた水素爆発などにより放射線物質が大気中に放出され、空気中の微小なちりなどに付いて広がったとみられる。研究グループは気象庁や米海洋大気局(NOAA)の気象データをもとに、大気汚染予測の手法を応用し、九大のスーパーコンピュータで放射性物質の拡散の仕方や濃度を解析した。

 その結果、比較的早い段階で放出され1~1.5キロメートルの低い高度を漂っていた放射性物質の微粒子は14~15日に一気に高層に達した。関東の南を通過した低気圧の北側に生じた上昇気流が原因。高さ5キロメートルの上空まで巻き上げられたとみられるという。

 高層には偏西風と呼ばれる強い西風が吹いており、この風で運ばれた放射性物質は18日に北米西岸に、20~22日にはアイスランドやスイスに達した。計算によると米国西海岸に達するまでに放射線物質の濃度は原発付近の1億分の1程度まで低下する。これは実際の測定結果と一致した。

 地表近くの下層の風は福島第1原発付近では低気圧の影響で南東風となり、北西側に放射性物質を運んだ。原発の北西方向に放射線量が高い地域が分布している結果と合う。

時事通信

放射能、ジェット気流で欧州に=1日3000キロ移動-九大などシミュレーション

http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011062200693

福島第1原発事故で放出された放射性物質は、上空を流れるジェット気流に乗って欧州まで到達したと、九州大応用力学研究所の竹村俊彦准教授らの研究グループが22日、発表した。グループは「放射性物質は各国に広がったが、低いレベルで影響は限定的」としている。
 グループは黄砂の飛散などを予測する手法を使い、放射性物質の流れをコンピューター上でシミュレーションした。
 その結果、放射性物質は3月14、15日ごろ、東日本を通過した低気圧による上昇気流で、高度約5キロの対流圏に巻き上げられた。
 対流圏を流れるジェット気流に乗り、東に1日約3000キロ移動。日本時間同18日には米国の西海岸、同20日にアイスランド、同22日には欧州各国に到達した。(2011/06/22-17:21




流出のセシウム、北太平洋を循環 20~30年で
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2011091401000033.html 

2011年9月14日 16時25分

 東京電力福島第1原発事故で海に流出した放射性セシウム137は、黒潮に乗って東へ拡散した後、北太平洋を時計回りに循環し、20~30年かけて日本沿岸に戻るとの予測を気象研究所の青山道夫主任研究官らと電力中央研究所の研究チームがまとめた。札幌市で開催の日本地球化学会で14日発表した。

 また海に直接出たセシウム137は、5月末までに3500テラベクレル(テラは1兆)と試算した。ほかに大気中へ放出された後に海に落ちた量が1万テラベクレル程度あるとみており、総量は1万3500テラベクレル。過去の核実験で北太平洋に残留している量の十数%に当たるという。

(共同)

Cesium in Pacific likely to flow back to Japan in 20-30 years

http://mdn.mainichi.jp/mdnnews/news/20110914p2g00m0dm104000c.html

TOKYO (Kyodo) -- Radioactive cesium that was released into the ocean in the nuclear accident at the Fukushima Daiichi power plant is likely to flow back to Japan's coast in 20 to 30 years after circulating in the northern Pacific Ocean in a clockwise pattern, researchers said Wednesday.

Researchers at the government's Meteorological Research Institute and the Central Research Institute of Electric Power Industry disclosed the findings at a meeting of the Geochemical Society of Japan, an academic association, in Sapporo.

The researchers estimated that the amount of radioactive cesium-137 that was directly released into the sea came to 3,500 terabecquerels over the period from March to the end of May, while estimating that roughly 10,000 terabecquerels fell into the ocean after it was released into the air.

One terabecquerel equals 1 trillion becquerels. Cesium-137, which has a relatively long half life of about 30 years, can accumulate in the muscles once it is in the body and can cause cancer.

A total of 13,500 terabecquerels of radioactive cesium-137 is slightly more than 10 percent of that of the residual substance left in the northern Pacific after previous nuclear tests, according to the researchers.

The researchers, including chief researcher Michio Aoyama of the Japan Meteorological Agency's research institute, analyzed how the radioactive material dispersed in the sea during the latest accident, using data on radioactive materials detected after the nuclear tests.

According to the analysis, the cesium is expected to first disperse eastward into the northern Pacific from the coast of Fukushima Prefecture, northeast of Tokyo, via relatively shallow waters about 200 meters deep or less.
A government map displaying radiation levels in the area around the Fukushima No. 1 Nuclear Power Plant. An English version can be found on the page linked below.The cesium will then be carried southwestward from the eastern side of the International Date Line at a depth of 400 meters before some of it returns to the Japanese coast carried northward by the Japan Current from around the Philippines.

The analysis showed that some of the cesium will flow into the Indian Ocean from near the Philippines, and in another 40 years will reach the Atlantic, while some will turn westward south of the equator after reaching the eastern end of the Pacific and crossing the equator.

Tokyo Electric Power Co., the operator of the crisis-hit plant, said about 1,000 terabecquerels of radioactive cesium had leaked into the sea from cracks at the plant.

The researchers' estimate, which was calculated using the density of cesium detected in seawater, is more than triple that.

"To get a complete picture of cesium-137 released in the accident, we need highly precise measurements across the Pacific," Aoyama said before Wednesday's meeting.

(Mainichi Japan) September 14, 2011

Sunday, June 19, 2011

セイピース放射線防護ガイド「放射線被ばくから子どもを守るために」英語版発表 An English Version of Radiation Protection Guide by Say-Peace: The Asia-Pacific Journal

An English version of Say-Peace Project's "Protecting Children from Radiation" is published on the Asia-Pacific Journal: Japan Focus (editorial supervision by Dr. Matsui Eisuke; translated by John Junkerman; introduction by Norimatsu Satoko). Go to: http://www.japanfocus.org/-Say_Peace-Project/3549 .
The PDF printable version is here. Japanese translation of the introduction and footnotes are provided below.

放射線被ばくから子どもを守るために』(NPO法人セイピース発行、松井英介監修、Ver.2)の英語版が、『アジア太平洋ジャーナル:ジャパンフォーカス』で発表されました。翻訳は『映画日本国憲法』などでも知られる映画監督ジャン・ユンカーマン氏です。記事へのリンクはこちらです。http://www.japanfocus.org/-Say_Peace-Project/3549 印刷しやすいPDFバージョンはここをクリックしてください。

以下、この記事の紹介文と脚注の和訳を紹介します。

Proteting Children Against Radiation: Citizens Take Radiation Protection into Their Own Hands

セイピース・リーフレット「放射線被ばくから子どもを守るために」-放射線防護を市民自らの手で

紹介文: 乗松聡子(本人翻訳)

6月10日、「デモクラシーナウ!」のインタビューで、米エネルギー省で政策アドバイザーを務めた経験のあるロバート・アルバレズ氏は「核産業というものは、特に米国、またロシアや日本でも、自分たちの事業がもたらす危険性を一般の目には触れないようにし、ごまかし続けてきた長い歴史がある。」と語った。福島第一原発で炉心溶融や爆発がたて続けに起こって以来の日本政府もその例にもれず、放射線の危険性、福島第一の周辺地域や更に広範囲における放射性物質の拡散予測や(注1)、汚染の実測についての情報を隠蔽したり操作したりしてきた(注2)。また、政府は一般市民に率直に情報を提供するどころか、全く逆方向の活動を始めた。市民に放射線とその健康への影響を心配させないための宣伝である。

(放射線のことを)心配することがストレス反応
を脳に引き起こし、さまざまな身体症状の
原因になると説明している。
例えば、厚生労働省は妊婦と子どもを持つ母親のためにパンフレットを作り、300万部を刷って全国の幼稚園、保育所、医療機関等に配布した(注3)。それは、食品も水も母乳も、政府が定めた暫定基準値を満たしているものであるから安全であると強調する。基本的に「心配要りません」というためのパンフレットであり、その安全の主張の根拠も、乳児や子ども、妊婦が実際にどうやって放射線の危険性を最小化できるかの具体的な情報もほとんどないものであった。また、文科省(MEXT)(注4)は福島の教育関係者と保護者向けにガイドを作成した。日本では一般人の年間被曝限度は1ミリシーベルトであり、放射線業務従事者の限度は20ミリシーベルトであるにも関わらず(注5)、このガイドでは、「数年で250ミリシーベルトとなるような『弱い』放射線では影響は生じない」とか、「積算で100ミリシーベルト以下では放射線による発がんの確率上昇は認められていない」などと強調している(注6)。放射線業務従事者には、年平均5.7ミリシーベルトの被曝量で労災認定されているケースさえあるのにである(注7)。このガイドもやはり「心配し過ぎないように」という語調に終始しており、放射線を心配することによる心理的悪影響に多くのページを割いている。

政府によるこのような放射線の影響軽視の試みは成功してきた。福島においてさえも、人々は普通に生活しているように見えるし、マスクも着けていない人も多い。子どもたちはホコリの立つ公園で遊んでいる。しかし最近になって状況は変わってきている。政府や電力会社が迅速に情報公開しなかったことがどんどん明るみになってきていることや、市民がインターネット、ソーシャルメディア(ツイッターやフェースブックなど)を駆使して情報交換し、ネットワークを築いてきたことが背景にある。

ホットスポット」がわかる地図:
筑波大学のグループによる、福島県と、
南側の県(茨城と、栃木、千葉、埼玉の一部)
におけるセシウム137汚染図。
(地図は中日新聞より)
イリノイ大学の国際法教授で、核政策に詳しいフランシス・ボイル氏は日本人に「自国の政府と原子力産業から身を守るべく自ら行動しなければいけない」と警告した(注8)。政府と主流メディアは、原発事故に影響を受けた地域は安全であり、そういった地域産の野菜や果物を積極的に食べるようにとの宣伝活動を大規模に展開してきたが、人々はとうとう、自分たちの安全は自分たちで守るという、当然の行動に出始めた。これは「ホット・スポット」とも呼ばれる、不規則に発生した高汚染地域が最近随所に見つかり、それは福島市、郡山市といった福島県内の人口密集都市にも及んでいることがわかったからだけではない。「ホットスポット」は、日本国の3分の1の人口4千万人を抱える、東京を含む関東地方全域にも広がっていることがわかってきているからである。人々はもう、この核危機を、福島に限定した問題として捉えることはできなくなっている。

(子どもを放射線から守るための)親たちのグループは各地で結成され(注9)、独自の放射線計測を実施し、自治体に対しては、もっと住民を、特に放射線に敏感な子どもたちを守るように要求している。福島では、大学教員のグループ(注10)、自治体の首長(注11)、県議会の議員までもが政府の放射線の基準に疑問を呈している。県の「放射線アドバイザー」である山下俊一氏は、頻繁に講座を開き、メディアにも登場し、福島の人たちに、心配せずに、今居る場所に留まるように説得してきた。しかし現在、前述の市民たちは、山下氏の解任を要求している(注12)。

東京のNGO「セイピース」による「放射線被ばくから子どもを守るために」は、こういった市民による総合的な放射線防護ガイドとしては初めての部類に入るであろう(注13)。われわれ「アジア太平洋ジャーナル:ジャパンフォーカス」は、このような市民主導のガイドを英訳する必要性を感じた。欧米メディアの(福島核危機への)関心は薄まり、最新の汚染や放射線リスクについての情報が、日本語以外の言語では以前より入手しづらくなってきているということもある。

政府は、情報を隠蔽し、放射線への不安を抑えることによって(原発事故の)責任を逃れ、経済への悪影響を最小限にとどめようとする。一方市民たちは、自分たちと子どもたちを守るために真実を知り、共有したいとの思いから、このような放射線防護ガイドを作り、活用し、広めている。こういった政府と市民の間のせめぎ合いは当分続いていくことになろう。

このガイドの元の日本語版はこのリンクからダウンロードできます。

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(リーフレット「放射線被ばくから子どもを守るために」の翻訳記事へのリンク。『アジア太平洋ジャーナル』ウェブサイト版印刷用PDF版。)

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乗松聡子(紹介文)
「アジア太平洋ジャーナル:ジャパン・フォーカス」誌コーディネーター。カナダ・バンクーバーの平和教育センター「ピース・フィロソフィー・センター」代表、「バンクーバー九条の会」ディレクター。憲法九条、アジア歴史和解、広島長崎と核廃絶、沖縄の米軍基地問題などの分野で、若者や地域の人たちと共に様々な活動・教育事業に従事する。

ジャン・ユンカーマン(翻訳)
東京在住のアメリカ人のドキュメンタリー映画監督。「アジア太平洋ジャーナル・ジャパンフォーカス」のアソシエート。監督の映画「映画日本国憲法」はキネマ旬報と、日本ペンクラブの最優秀ドキュメンタリー賞を受賞。北米では「ファースト・ラン・イカロス」映画会社が配給している。

紹介文の脚注

1. 日本政府は、放射性物質の拡散や被曝の予測が数分で可能な、SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)という優れたシミュレーションシステムを保有している。しかしこのSPEEDIの計算結果の一部を発表したのは事故後12日経った3月23日であった。政府は何千何万とあるであろう計算結果の一部のみを遅れて発表してきた、また計算結果を住民の迅速な避難のために役立ててこなかったとして非難されている。http://www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1305747.htm 
http://www.nsc.go.jp/mext_speedi/index.html 
日本政府は気象庁を通じて市民に対する風向き(放射線拡散)の警告をすることもない。日本の天気予報は花粉飛散予測や桜の開花予想などは積極的に報じるが、福島第一原発からの放射能については何も言わない。インターネットが使える人の多くはドイツイギリスオーストリア等、外国の放射線拡散予測に頼ってきている。

2. 米国エネルギー省(DoE)と日本の文部省はこれまで、福島第一原発から半径100キロ圏までの空間放射線量とセシウムの蓄積量の航空モニタリング調査を行ってきており、結果はそれぞれの機関のホームページで発表されているが、政府の記者会見やメディアはこれらの結果をほとんど説明していない。これはおそらく、この調査結果が、避難地域以外にある高汚染地域「ホットスポット」を明らかにしてしまうからであろう。セシウム134と137の蓄積量を示す地図では、平方メートルあたり30万ベクレルから60万ベクレルの地域と30万ベクレル以下は、青の同系色の濃淡で区別されており、「ホットスポット」が、人口密集地域である福島市や郡山市にまで及んでいる状況が識別しにくくなっている。
リンク: http://www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1305818.htm  (文科省) http://blog.energy.gov/content/situation-japan (米エネルギー省)

3. 厚生労働省パンフレット「妊娠中の方、小さなお子さんを持つお母さんの放射線へのご心配にお答えします」リンク:http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000014hcd.html 

4. MEXT is a short for the Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology. MEXT は「文部科学省」のことである。

5. 日本における放射線業務従事者の被曝限度は5年間に合計100ミリシーベルトまで、ただし単年に50ミリシーベルトを超えないようにと定められている。年平均は20ミリシーベルトとなる。日本原子力開発機構放射線管理部ホームページより。
リンク:http://rphpwww.jaea.go.jp/senkan/monitor/d.html 

6. 文部科学省「放射能を正しく理解するために」、2011年4月20日 
リンク:http://www.pref.fks.ed.jp/sinsai/advice/rikai.pdf 

7. 浜岡原発で働いていた嶋橋伸之氏は1991年に慢性骨髄性白血病で死亡した。被曝量は1981年3月から1989年12月、8年10カ月間で計50.65ミリシーベルトであった。彼の病気は労災認定された。資料「原発等被曝労災一覧」を参照(上から5番目)。
リンク:http://peacephilosophy.blogspot.com/2011/05/blog-post_15.html 

8. フランシス・ボイル「原子力産業『人道の罪』」、愛媛新聞、2011年3月23日。文末の節を抜粋すると、「政府や原子力産業が真実を言うと期待しない方がいい。現在進行中の『人道の罪』に最も重い責任があるのは彼らだ。日本の皆さんは、自国の政府と原子力産業から身を守るべく自ら行動しなければいけない。」

9. See Mariko Sanchanta and Mitsuru Obe, “Moms Turn Activists in Japanese Crisis,” Wall Street Journal, June 17, 2011. Link: http://online.wsj.com/article/SB10001424052702303499204576389094076351276.html 
マリコ・サンチャンタ、ミツル・オベ「立ち上がる母親たち-原発事故受け」日本語版リンク:http://jp.wsj.com/Japan/node_251116

10. 6月6日、福島大学の准教授12人が福島県佐藤雄平知事に要望書を提出した。山下俊一氏を県民被曝の長期疫学調査の座長として選んだ過程を明らかにするように、また、内部被曝を重要視し、予防の立場から低線量被曝のリスクを考慮する専門家の招聘を要請している。
リンク:http://fukugenken.up.seesaa.net/image/E8A681E69C9BE69BB8ver8.pdf 

11. 二本松市の三保恵一市長は、山下俊一氏による講座を企画したことに対する後悔の念を表した。山下氏は、避難基準への科学的根拠を示すかわりに、ただ政府がそう言うのだから聞くようにと市民に伝えたからであった。
リンク:http://fukugenken.up.seesaa.net/image/E8A681E69C9BE69BB8ver8.pdf 

12. 「『福島原発のリスクを軽視している』-『安全説』山下教授に解任要求署名」、J-CASTニュース、2011年6月14日。リンク:http://www.j-cast.com/2011/06/14098424.html?ly=cm&p=1 

13. もう一つ注目すべきなのは西岡由香のマンガ「放射能って何?」(2011年5月)。ここからダウンロードできる。http://sky.geocities.jp/yuka37jp/ 

Saturday, June 18, 2011

『放射線被ばくから子どもを守るために』(NPOセイピース発行、松井英介監修)を日本の保護者、教育関係者全員に読んでほしい

(6月20日追記:このガイドはバージョン2が出ましたので、5月25日の投稿を差し替えて6月18日付で再投稿します。The Asia-Pacific Journal: Japan Focus で出した英語版もここで紹介しておりますのでご覧ください。)注:この投稿についているコメントは5月25日のままです。

東京のNPO、「セイピース」が、専門家の監修のもとにすばらしいリーフレットを出しました。ぜひ読んで、日々の生活に役立ててください。アクセスが集中してつながりにくい時もあるようなので、セイピースに許可をいただいてここに転載しております。元のサイト、「セイピース」にもぜひ行ってください。また、松井英介さんと嘉指信雄さんが翻訳して広く読まれたドイツ放射線防護協会による「日本における放射線リスク最小化のための提言」も併せてご覧ください。

NPO法人「セイピース」http://www.saypeace.org/ (HPからリーフレットダウンロード可能)
ブログはこちらです。http://blog.goo.ne.jp/saypeace 
ツイッターは @saypeaceproject 


『放射線被ばくから子どもを守るために Ver. 2』


監修 松井英介(岐阜環境医学研究所所長)












Monday, June 13, 2011

終わらぬ核被害の連鎖を断ち切るために:田中利幸 To Put an End to the Endless Chain of Nuclear Disasters: Yuki Tanaka

Yuki Tanaka, Professor of Hiroshima Peace Institute, suggests all hibakusha (nuclear victims), whether those of Hiroshima and Nagasaki, those of over 2,000 nuclear tests around the world, or those of nuclear reactor operations and accidents, should unite and hold a World Conference of Nuclear Victims in Hiroshima in 2015, the 70th anniversary of Hiroshima/Nagasaki.

ドイツ、スイスに続き、ヨーロッパからまた「脱原発」の姿勢を明らかにした国が現れました。イタリアでは6月12日と13日に原子力発電再開についての国民投票が行われ、過半数を上回る57%の投票率で、原発反対票は94%を超えました。福島第一原発事故以降、原発の是非を問う国民投票が行われたのはイタリアが初めてということで、政府が脱原発を表明したドイツやスイスよりさらに意義深いものです。しかしイタリアは1986年のチェルノブイリ事故以後、1987年に国民投票によって当時4基稼働していた原発を90年までに停止したのです。チェルノブイリの悲惨な経験が「喉元を過ぎた」ような感覚でベルルスコーニ首相が原発再開を推進し、市民も福島第一の事故が起こるまではそれを容認していたとなると、一体世界全体の目が覚めるまでにいくつの悲惨な原発事故が必要なのだろうか、と疑問を抱きます。だからこそ、「フクシマ」の教訓は絶対に忘れず生かしていかなければいけません。
Yuki Tanaka

今日は、広島平和研究所教授・田中利幸さん書き下ろしの記事を紹介します。1945年7月16日、日本への原爆投下を念頭においた世界初の核実験「トリニティテスト」から、広島長崎での実戦使用を経て、第二次大戦後、主に米ソ冷戦下において行われた、世界中の2千回を超える核実験は、非支配者、少数民族、弱者をはじめとして世界中に無数のヒバクシャを生んできました。それと同時に、アイゼンハワーによる「平和のための原子力」の名目の下に、米国は原子力発電を西側諸国における覇権拡大の道具として用い、日本もその流れに取りこまれました。スリーマイル島事故、チェルノブイリ事故を経ても世界の目が覚めなかった背景には、安全神話に包みこまれ、事故は全て「想定外」とされ、被害はもみ消されるという構造があり、「そのような無責任体制である核体制は、どのような形態のものであれ、存在させてはならないのである」、と田中さんは断言します。また66年間に渡る、核兵器と核エネルギーによる地球的被曝の連鎖を断ち切るために、今こそ世界中の核被害者が連帯し、原爆70周年の2015年に「核被害者世界大会」を広島で開催することを提唱しています。「唯一の被爆国」と自称してきた日本は、皮肉にもこの原発事故により、自国のみならず世界中に、前代未聞の規模の放射性物質をばらまく結果となりました。その日本が世界に対して果たせる役割が何か、この記事は多くを示唆していると思います。(PPC)


終わらぬ核被害の連鎖を断ち切るために: 広島で「2015年・核被害者世界大会」を!


究極的に核関連事故では誰も責任をとらないのであるということを我々は肝に銘じておく必要がある。したがって、そのような無責任体制である核体制は、どのような形態のものであれ、存在させてはならない。

田中利幸(広島平和研究所 教授)

「我は死なり」科学者の叫び

原爆開発計画「マンハッタン・プロジェクト」を主導した物理学者、ジュリアス・オッペンハイマーは、晩年、無差別大量殺戮兵器である核兵器の開発に手を汚したことを悔いて、古代インドの聖典からの一節を引き、「我は死なり、世界の破壊者なり」と語った。このときオッペンハイマーの頭をよぎったのは、明らかに、1945年7月16日にニューメキシコ州のアラマゴードで行われた史上初の原爆実験「トリニティ」の、あの巨大な火の玉と地獄からわき上がるような地響きの記憶であったことは間違いない。悲壮な念いに打ち拉がれたこの老科学者には、おそらく、「世界の破壊」が単に核兵器の爆破によってだけではなく、核兵器製造の過程や、いわゆる「原子力平和利用」によってももたらされる恐れがあるなどとは夢想もしなかったであろう。原爆を生んだ原子物理科学技術が、冷戦時代に突入するや、主として政治的理由から商業用「核燃料サイクル」へと急速に応用され、核実験・核兵器製造と並んで環境汚染と人間破壊を地球的規模で押し進める二大要因になろうなどとは、1967年2月に他界したオッペンハイマーは考えなかったのではなかろうか。原爆開発以来この67年間、放射能の拡散に伴い、「我は死なり」というこの言葉もまた、不幸なことに、世界各地の無数の放射能の犠牲者へと拡散してきた。

核実験の被害者

アメリカは原爆投下の翌年6月、核兵器実験場を、連合軍占領下にあった日本の委任統治領であるマーシャル諸島ビキニ環礁へと移した。マーシャル諸島はその後間もなくアメリカ領となるが、ビキニ環礁のみならずエニウェトク環礁も実験場とされ、両方で1958年8月まで、6回の水爆実験を含む合計67回の核実験を行った。周知のように、1954年3月1日のビキニ環礁での水爆「ブラボー」(広島投下原爆の1千倍の威力)の実験では、大量の珊瑚礁が蒸発し核分裂生成物と混じり合って「死の灰」となり、それが想定外の方向に風に流され、周辺の環礁に広範囲に降下した。240キロメートルも離れたロンゲラップやアイリングナエ環礁にまで死の灰が降り、その結果、多くの島民たちが被爆した。激しい放射能汚染のため、まもなく島民女性の間に、流産、死産、異常妊娠、奇形児出産が相次ぎ、この実験の10年後からは甲状腺障害が続発した。第5福竜丸をはじめ、数百から数千隻といわれる数の日本の漁船が死の灰で被曝したのも、このときであった。さらに、高濃度の残留放射能のために、ロンゲリックに強制移住させられたビキニの島民たちは、今も故郷の島に戻れない状況にある。

1950年、中国が朝鮮戦争に参戦するや、第3次世界大戦勃発を米国は懸念。そのため、遠く離れた太平洋ではなく、実験準備のための物資輸送に要する時間や費用が少なくてすみ、比較的容易に実験のできるアメリカ本土での実験場が必要とされた。その結果、核兵器の研究・設計・製造を行っているロスアラモス研究所にも近い、ネバダ砂漠が選ばれた。米国はこのネバダ実験場で、1951年1月から実験を開始。その後、ここで9百回以上の実験が行われたのである。これらの実験でも放射能降下物が、風下となったネバダ州南部はもちろん、ユタ州南部、アリゾナ州北部に拡散し、多くの住民たちが被曝した。結果は、子供の白血病死亡率の急激な高まりと成人の間での癌発病率の高まりであった。

ネバダ実験ではまた、核爆発直後に爆心地近くに向けて多数の兵士を送り込むという演習を繰り返し行った。1951年11月の最初の演習「デザート・ロックI」では、5千2百人以上の兵士が爆心地から11キロメートル離れた地点で核爆発を観察。爆発後、そのうちの8百人ほどの戦闘部隊を爆心地からわずか450メートルしか離れていない地点まで前進させた。この種の演習が1970年代末まで繰り返し行われ、ネバダ実験場で行われた最大規模の大気圏内核爆発である、1977年2月の「スモーキー実験」では、第82空挺師団のヘリコプターによる移動演習で、兵士たちが500ミリレントゲン/時という放射能レベルの地点まで前進している。こうした演習に参加させられた、いわゆる「アトミック・ソルジャー」たちの間での白血病や癌による死亡率も極端に高い。

アメリカに対抗して、ソ連は、1949年8月29日、カザフスタンの北東に位置する都市セミパラチンスクから西へ100キロメートル離れた広大な土地で、最初の原爆実験を行った。このセミパラチンスク実験場はソ連最大の核実験場となり、その後の40年間で470回の実験がここで行われている。ソ連は複数の核実験場を西カザフ、ウラル、シベリア、ノバヤゼムリャなどに設置し、合計720回近くの実験を行ったので、セミパラチンスクにおける実験の数は、ソ連における総実験回数の65パーセントに当たる。セミパラチンスク実験では、1949年8月の第1回目の実験のときから、すでに住民に被曝被害が出ている。爆心地から50キロメートルの位置にある風下の人口1千5百人のドロン村に局地的に放射性降下物が落ち、空間線量率210レントゲン/時という驚くべき高放射能レベルに達したのにもかかわらず、住民に対しては避難措置をとるどころか、原爆実験が行われたことすら知らせなかったのである。

1953年8月に、ソ連は、セミパラチンスクで最初の水爆実験を行ったが、実験直前になって、風向きが想定外に急変して住民が避難している方向に風が吹き始めた。にもかかわらず、実験は中止されることなく予定通り行われ、その結果、1万2千人の住民が被曝した。これらの被害者を含め、470回行われたセミパラチンスクの核実験で、50万人以上の周辺住民が被曝したと言われている。さらには、ソ連もまたアメリカ同様に、「トーツク演習」に代表されるような大規模な核戦争軍事演習を行い、数多くの兵士たちを被曝させている。

核実験は、もちろん米露以外に、イギリス(クリスマス島、オーストラリア内陸部)、フランス(アルジェリア、仏領ポリネシア)、中国(ロプノール)、インド、パキスタンなどが行っており、地球上で行われた核実験の総数は2千回を超えている。これらの実験で拡散した放射能の地域と量を考慮するならば、地球全体が被曝しているのであり、したがって全人類が被害者であるとも言える。ただし、これら核保有国の実験に多かれ少なかれ共通して見られる性質が幾つかある。それは、多くの核実験場が、本国から遠く離れた植民地あるいは旧植民地におかれるか、国内の場合は主要都市から遠く離れた遠隔の未開発地域におかれるということである。したがって、実験によって発生する放射性降下物の被害者の多くが、そうした(旧)植民地の少数民族であり、国内の場合にも一国内における少数民族/部族、すなわち政治社会的「弱者」であるという事実である。ほとんどの核保有国が、核実験時に、多くの兵員を動員して実験に参加させたり、核戦争を想定した演習に参加させて被曝させているが、こうした兵員たちもまた、多くが低所得階層出身の最下級兵員、すなわち社会的「弱者」である。

ちなみに、核兵器製造に必要不可欠なウラン鉱山もまた、アメリカでは先住民ナバホ族やホピ族が居住するアメリカ南西部フォーコーナーズと呼ばれる地域、オーストラリアではアボリジニが居住する南オーストラリアや北部特別地域に代表されるように、少数民族の居住地や聖地が多い。そのため、鉱山採掘が始まると、彼らは、自分たちの土地を奪われて追い出され、アメリカの場合のように、安い労働力として劣悪な労働環境のなかで働かされて、結局は被曝者となるケースが多いのである。ウラン採掘においてもまた、核の被害者は社会的「弱者」なのである。

核兵器関連施設による放射能汚染の被害者

マンハッタン・プロジェクトのために設置された核兵器施設は、ワシントン州のハンフォード施設である。この施設は、老朽化したため1990年3月までに全ての設備が停止しているが、9基の核兵器用プルトニウム生産炉と5つの再処理工場で構成されていた。再処理工場が運転を開始したのは1944年であるが、すでにこのときから放射能汚染問題を起こしている。1944年にはヨウ素131が1,700キュリー環境放出され、原爆製造のために再処理が急ピッチで行われていた45年にはその量が34万キュリーにまで増加。その結果、周辺住民27万人のうち1万3千5百人が甲状腺被曝を受けたと言われている。さらに、1950年代までは、放射性廃棄物が地面に捨てられたり、地下貯蔵タンクに入れられていた高レベル廃液が漏れだして地下水を汚染するという問題が起きている。また、1960年代までは、施設内を流れているコロンビア川の水で生産炉を冷却し、汚染された水をそのまま川に排水するというずさんなことが平気で行われ、下流に住む住民7万人の多くに健康上の被害を与えている。

朝鮮戦争勃発の翌年の1951年3月、コロラド州の牧草地帯ロッキーフラッツに核兵器工場の建設が始まった。この核兵器開発工場は、当初は従業員1千名で稼働を開始したが、その数は60年代半ばには3千人にまで増え、最盛期には6千人が働き、最終的に5千発の核弾頭をここで生産したと言われている。ロッキーフラッツの運営もまたずさんで、当初、従業員は放射能に対する知識もほとんどなく、例えば、プルトニウム加工管理施設内のグローブボックスには被曝防止のための鉛が使われていなかった。そのため、グローブを通じて濃い灰色のプルトニウムの熱が伝わってくるという作業環境であった。その結果、多くの作業員が被曝し、脳腫瘍、白血病、大腸癌、乳癌などで亡くなっていった。放射能漏れは日常茶飯事で、重大な事故もたびたび起こしている。1969年5月には、グローブボックス内のプルトニウムが自然発火し、火災が発生。高レベルの放射能汚染のために、この事故処理には2年もかかっている。1994年5月には、解体工事が70億ドルかけて始められた。当初は、跡地は野生保護区となる予定であったが、放射能汚染の広がりが予想以上にひどい状態であることが判明。とりわけ、配管を通して排出された放射性廃棄物が土壌や水脈を汚染しており、結局、解体工事は実質的には「壊して埋めただけ」という形になり、そのためロッキーフラッツ跡地は現在も立ち入り禁止区域になっている。また、この核兵器工場では、プルトニウムが1トン以上も紛失したという放射性物質管理上の問題も指摘されている。

ソ連は核兵器製造・開発のための秘密閉鎖都市を10市建設したといわれている。核兵器の製造には大量の水が必要なことから、どの秘密都市建設地も、大きな河川に沿った、しかも輸送に便利な鉄道・道路と大都市に近い場所が選ばれている。これらの秘密都市は、ソ連最大の核実験場に隣接したセミパラチンスク21だけを除いて、あとは全てロシア国内に建設された。しかもその半分の5都市がウラル南東部に集中している。その中で最も需要な都市がチェリャビンスク65であり、ここには「マヤーク」呼ばれるプルトニウム生産のための工業コンビナートがある。1949年から52年の間に、このマヤーク工業コンビナートでは、使用済燃料を再処理したあとに残る300万キュリーという超高レベル廃液を、テチャ川に垂れ流しにしていた。その結果、テチャ川ならびにその下流のイセチ川流域の住民12万4千人あまりが被曝した。現在もこのテチャ川両岸は放射能のため立ち入り禁止になっている。

1957年9月29日、このマヤーク工業コンビナートの高レベル廃液の地上貯蔵用コンクリート・タンクの冷却システムの一つが故障し、タンクが爆発した。その結果、合計2千万キュリーの放射性物質が環境に放出され、そのうちの1千8百万キュリーは周辺に落下、残りの2百万キュリーが風に流され、なんと1千キロメートルも離れたところまで飛んでいったのである。結局、1万5千平方キロメートルという広い地域が封鎖され、1万人以上が1年半にわたって強制移住させられたが、この地域内の松や杉の木はほぼすべてが枯れてしまった。その上、約30万人が高レベルの被曝をしたと言われている。これが、「ウラルの核惨事」と呼ばれる事故の概要である。

1993年1月にロシア政府が、ようやくマヤーク工業コンビナートがもたらした放射能汚染の実態を公表した。それによると、コンビナート周辺に堆積している放射性廃棄物の総放射能量は、なんと10億キュリー以上、周辺住民45万人が被曝し、そのうち高レベル被曝者が5万人という驚愕すべき数字となっている。ちなみに、ソ連は大量の放射性廃棄物の海洋投棄を、日本海、オホーツク海、太平洋カムチャツカ半島東海岸、バレンツ海で行っていたが、ソ連崩壊後もロシア政府はこれを続行していたことが、1993年4月2日の朝日新聞で報じられた。

1957年10月10日早朝、イギリス北西部、ウィンズスケール(現在の地名は「セラフィールド」)のイギリス原子力公社の核兵器用プルトニウム生産を目的とする軍用炉の核燃料が損傷。翌朝、炉心に大量の水を注入する非常手段で、なんとか事故の拡大を食い止めた。しかし、排気筒のガラスフィルターを通して、損傷した核燃料から大量の放射性希ガスが放出されてしまった。この事故で、イギリス南部からヨーロッパ大陸北部までの広範囲にわたる地域が、放出されたヨウ素131によって汚染された。総面積518平方キロメートルという広大な牧草地が汚染地域に含まれていたため、牛乳の出荷が1ヶ月以上禁止された。住民の対外被曝線量は、地表面の放射濃度が一番大きかった地域で300〜500マイクロシーベルトであったと推定されている。

以上、アメリカ、旧ソ連、英国の核兵器関連施設による放射能汚染の例は、数多くのケースのほんの数例にしか過ぎない。最近は、その上に、劣化ウラン兵器製造関連施設からの放射能拡散の問題が多く報告されている。したがって、核兵器関連施設から放出された放射能で被曝した市民の絶対数は、核実験の被害者数を超えるくらい膨大な数にのぼっているし、環境破壊も通常考えられているよりはるかに深刻な状況である。これらのケースに共通に見られる問題の一つは、あまりにも「ずさんな放射能管理」という実態である。放射能は目に見えず匂いもしないという性質のため、その取り扱いによほど注意しないと危険であることは明らかであるが、そうした性質のゆえにこそ、放射性物質を毎日取り扱っていることからくる「慣れ」ゆえに、どうしてもずさんになりがちなのかもしれない。

原発事故が引き起こす被曝問題

「原子力平和利用」の発端は、周知のように、1953年末に米国大統領アイゼンハワーが国連演説で表明した“Atoms for Peace”である。しかし、この政策で米国政府が真に目指したものは、同年8月に水爆実験に成功したソ連を牽制すると同時に、西側同盟諸国に核燃料と核エネルギー技術を提供することで各国を米国政府と資本の支配下に深く取込むことにあった。アメリカのこの政策のターゲットの一つにされた日本も、1960年代以降、とりわけ70年代に入ってから猛烈に原発推進政策を加速させ、現在に至っている。ソ連もまた、アメリカに対抗するため、自国内での原発建設を推進するだけではなく、東欧諸国における原発設置に積極的に取り組んだ。

原発の炉心溶解(メルトダウン)による大事故が起きる危険性は、早い時期から懸念されていた。それが実際に商業用発電炉で、世界で初めて起きたのが、1979年3月28日にアメリカのペンシルバニア州スリーマイル島の原子力発電所2号炉で起きた大事故である。

この2号炉は、事故が起きる3ヶ月前に運転を開始したばかりの、当時としては最新鋭の加圧水型軽水減速冷却炉(PWR)であった。事故の原因は、給水ポンプや圧力逃し弁の故障と技術者による誤操作が次々と重なり、連鎖的・複合的に事故を拡大してしまい、結局は炉心溶解を引き起こしてしまったのである。最終的に判明したことは、炉心の45パーセント、62トンが溶解し、そのうちの約20トンが炉心周辺の内槽を溶解・貫通して底部にたまり、これが1千2百度以上の高温で底部を加熱したということである。幸運にも原子炉内に冷却水が残っていたので、原子炉容器の貫通は免れた。この事故が起きる前には、「原発では事故発生や拡大を防ぐ安全装置が何重にも取り付けられているので安全である」というのが電力会社側の説明であった。しかしながら、実際には、そうした安全装置が機能しなかったのである。このスリーマイル島での大事故にもかかわらず、日本の電力産業界は「原発安全神話」の宣伝をさらに強化・拡大していき、様々な事故を隠蔽し続けて、今回の福島第1原発での大事故を引き起こしてしまった。

事故当時の周辺地域の人口は、半径8キロメートル以内に2万6千人、16キロメートル以内に14万人。避難勧告は30日なってようやく、半径8キロメートル以内の妊婦と幼児を対象に出された。結局この事故で大気中に放出された放射性物質は、放射性希ガスが大半で250万キュリー、ヨウ素131が17キュリー、住民の体外被曝線量は、1ミリシーベルトと報告されている。幸いにして格納容器が破壊されなかったため、環境に放出された放射性物質は比較的少なかった。したがって、人体への影響は極めて少ないと言われているが、地元の住民の中には、その後数年にわたって草花などに起きた異常現象や子供の白血病のケースの増加が起きたことを訴える人たちがいる。

このスリーマイル島での大事故から7年後の1986年4月26日、当時ソ連ウクライナ共和国のチェルノブイリ原子力発電所4号炉で、炉心溶解が起きて格納容器が破壊され、原子炉上部の構造物や原子炉建屋も爆発によって大きく破壊されるという大規模事故が起きた。もともとチェルノブイリの原子炉には、炉心特性の面や制御棒に欠陥があった。その上に、安全性が確認されていない危険な実験が、実験炉ではなく、いきなり実用機で計画され実行されるという無謀な行為、すなわち運転管理上の不備のために事故がおきた。ソ連政府が後に出した『事故報告書』によると、1986年5月6日の段階で、放射性希ガスとその他の放射性物質がそれぞれ5千万キュリー、合計で1億キュリーという評価になっている。事故から10日以上もたった5月6日では、短半減期の放射性物質は実際に放出された量よりもかなり少なくなる。したがって、これはソ連政府が事故をできるだけ小さく見せるために、意図的に事故当日ではなく5月6日を評定日に選んだものと推測されるのである。多くの専門家の意見によれば、実際に放出された放射能は合計で3億キュリーほどであったと考えられる。

『事故報告書』によると、半径30キロメートル以内に居住する全住民13万5千人が強制移転させられたが、これらの人たちの1人当たりの平均体外被曝線量は120ミリシーベルトとなっている。原発から北東へ向かって約350キロメートルの範囲内にはホットスポットと呼ばれる局地的な高濃度汚染地域が約100カ所にわたって点在するが、これらの地域では、農業の無期限停止措置および住民の移転を推進する措置が取られ、その結果としてさらに数十万人がホットスポットの外へ移転した。現在も、ホットスポット内においては農業や畜産業が全面的に禁止されている。また、事故処理に従事した者は軍人を中心に86万人にいたが、5万5千人がこれまでに死亡した。ウクライナ国内(人口約5千万人)の国内被曝者総数は343万人と言われており、周辺住民の幼児・小児などの甲状腺癌の発生も異常に高い。放出された放射性物質はベロルシア共和国、ウクライナ共和国、ロシア連邦共和国ブリャンスク州に降下し、土地を汚染。しかし現在も、数百万人の人々がこうした汚染区域に住み続けているのである。

今年3月11日、マグニチュード9という巨大地震が東日本全域を襲い、地震に引き続いて大規模な津波がおしよせ、風光明媚な東北地方の海岸を完全に破壊した。さらに、この地震と津波で福島第1原発が大きく破損し、その結果、6つある原子炉のうち1、2、3、号炉の核燃料が溶解を起こし、圧力容器の底に穴があき、原子炉格納容器も破損したものと考えられる。さらに、1、3、4号機の建屋は水素爆発を起こして大破した。ベント、水素爆発、圧力抑制プールの爆発、冷却水漏れなどにより、高い放射能レベルの放射性物質が放出し、現在もこの原発から出る大量の放射能が、周辺の空気、土地、海を汚染し続けている。日が経つごとに、かつてなかった規模と性格の原発事故災害の厳しい現実はますます深刻化しており、これにより、放射能に関連した様々な問題が浮き彫りになってきている。事故に対する自分たちの責任逃れを行うために、東京電力や原子力安全委員会のスタッフは、地震と津波による原発事故は「想定外」だったと繰り返し述べた。収束までにはまだまだ時間がかかるため、最終的にどれほどの量の放射能が放出し、どのような深刻な人体への影響と環境破壊をもたらすのかは、現在のところ未知数としか言いようがない。

核兵器と原発にノーを!

こうして核実験、核兵器関連施設での事故、原発事故の実相を概観してみると、次のような共通点が浮かび上がってくる。

第一に、これら核関連の事故が、しばしば「想定外の事態」によって引き起こされているということである。なぜ核関連事故では「想定外」という言葉がこれほどしばしば使われるのであろうか。それは、様々な客観的条件をよく考えてみれば、実際には十分起こりうる事態であるにもかかわらず、現在の当事者にとって極めて「都合の悪い想定事態」であるがために、「起こりえない」という「想定」にしてしまうことに原因があるからである。したがって、「都合の悪い想定事態」が実際に起きたときには、「想定外であった」と責任逃れをするのである。いったん核事故が起きれば、その結果はあまりにも重大であるが、重大であるからこそ「責任逃れ」の道を前もって準備しておきたいという心理的作用が、無意識のうちに働いているのかもしれない。すなわち、ここでは「想定外」とは「無責任」を意味しており、究極的に核関連事故では誰も責任をとらないのであるということを我々は肝に銘じておく必要がある。したがって、そのような無責任体制である核体制は、どのような形態のものであれ、存在させてはならないのである。

それでは、なぜ核を取り扱う当事者たちが「無責任」にならざるをえないのか。その大きな理由の一つは、いったん事故が起きたならば、被害者の数が極端に多く、数万あるいは数十万、数百万単位という数字の一般市民が、長期にわたって被曝するという状況を作り出すため、どのような個人あるいは組織、国家にとってさえも、その責任があまりにも過大であるために他ならない。
かつて、プリモ・レーヴィがドイツの格言を引いて、「その存在が道徳的に不可能であるように思われる物事は、存在することができない」と述べたように、核加害の当事者にとって、数十万、数百万という数の人間を殺傷するような「道徳的に不可能な」行為は、「存在することができない」ので、そのようなことが「存在する」可能性は「想定外」にしてしまい、責任回避を前もってしておいてしまうのである。

「原発安全神話」は、したがって、まさに、このような無責任体制の上に打立てられた幻想にしかすぎない。同様に「核抑止力」も、「核兵器を保有することで敵の攻撃を抑止する」という保証の全くない仮定に依存する思考であり、「攻撃がありうる」ことを「想定外」にしているにしか過ぎない「神話」なのである。

1945年8月6日の朝、広島に原爆が投下され、たちまちにして7万人から8万人の市民が無差別に大量虐殺され、その年末までに14万人が主として放射能の影響で亡くなったことは周知のことである。長崎では、原爆投下で7万人が殺害された。それ以降も、多くの人々が、生涯にわたって爆風、火傷、放射能による様々な病気に苦しみ、亡くなっていった。しかも今なお苦しんでいる被爆者、いつ癌やその他の致命的な病に冒されるか分からないという恐怖に怯えて生活している被爆者たちがいる。しかし、原爆投下を行った米国政府は、今もその責任を認めようとはしない。

原爆が無数の市民を無差別に殺戮したのと同じように、核実験ならびに核兵器関連施設や原発での事故も、放射能汚染の結果、予想もつかないほどの多くの人たちをして、無差別に病気を誘発させ死亡させることになる恐れがあることは、すでに論じた通りである。しかも、放射能の危険に最もさらされるのは、乳幼児、子供と妊婦という市民社会における弱者である。しかし、これまでの様々な核被害のケースを調べてみれば分かるように、ほとんどの被害者たちが、国家や企業の責任を追求できないまま、泣き寝入りの状況におかれている。

核兵器使用は明らかに「人道に対する罪」である。「人道に対する罪」とは、「一般住民に対しておこなわれる殺人、殲滅、奴隷化、強制移送、拷問、強姦、政治的・宗教的理由による迫害」などの行為をさすものであり、核攻撃は、そのうちの「一般住民に対しておこなわれる殺人、殲滅」に当たる。核実験ならびに核兵器関連施設や原発での事故は、核兵器攻撃と同じく、放射能による「無差別大量殺傷行為」となりうるものであり、したがって「非意図的に犯された人道に対する罪」と称すべき性質のものである。「人道に対する罪」が、戦争や武力紛争の際にのみ行われる犯罪行為であるという既存の認識は、ウラルの核惨事、チェルノブイリや福島での原発事故が人間を含むあらゆる生物と自然環境に及ぼす破滅的影響を考えるなら、徹底的に改められなければならない。

残念ながら、これまで日本の、とりわけ広島の反核運動は、ほとんど反核兵器運動にのみ焦点が当てられ、「ノーモア・ヒバクシャ」というスローガンにもかかわらず、原爆と一部の核実験の被害者を除き、無数のヒバクシャに対してはほとんど無関心の状態であった。我々は、このような反核運動の弱点を徹底的、批判的に検討する必要がある。そのような真摯な反省の上に立って、今後、反核兵器運動と反核エネルギー運動の統合・強化をいかに推進し、人間相互の関係ならびに人間と自然との関係が平和的で調和的な社会をいかに構築すべきかについて、広く議論をすすめていくことが今こそ求められている。

反核兵器運動と反核エネルギー運動の統合・強化のための一つの有効な手段として、私は、原爆投下70周年にあたる2015年に、「核被害者世界大会」を広島で開催することを提唱したい。そのような大会は、全ての核被害に注目し、原爆被害者とその他の核被害者との連帯を作り出し、あらゆる形態の核兵器ならびに核エネルギーを廃絶する運動を世界的規模で引き起こすための、絶好の機会となるはずである。

− 完 —

このサイトの過去の田中利幸さんによる記事は、こちらのリンクをご覧ください。

Thursday, June 09, 2011

「見えないものが人々を分断している」:伊藤夏子の福島報告 A Fukushima Report by Natsuko Ito

「子ども20ミリシーベルト」問題で、福島の保護者たちが文科省前で抗議した5月23日、院内集会における福島の人たちの訴えを詳細にレポートしてくれた伊藤夏子さんは、一週間後の5月31日、福島市におもむきました。保育所の計測、市民と自治体の交渉の様子を映像、写真とともに紹介します。6月9日、グリーンピースジャパンが、外国特派員協会で記者会見し、福島市内の公園、通学路、中学校、家庭菜園等で高い放射線量が計測されていることを指摘し、「妊婦や子どもたちを避難させる必要がある」と訴えました。ジャパン・タイムズAFPといった外国語メディアは報道していますが、日本語のメディアではまだ見かけません(6月12日追記。AFP記事の日本語版が出ました)。この調査結果は、伊藤さんが同行した保育所の計測を裏付けるものでもあり、また、日米の航空調査、フランスのIRSNの報告などからもわかるように、福島第一原発から飯館村等北西方向へ、そして、弧を描くように、高汚染地帯(セシウム30-60万Bq/m2、あるいはそれ以上)が伊達市、福島市、二本松市、郡山市等人口密集地帯に広がっている調査結果とも一致します。伊藤さんやグリーンピースが結論づけるように、これ以上子どもたちが被曝しないように、早急に避難、除染対策を講ずる必要があります。(転載等希望はこちらに連絡を info@peacephilosophy.com


福島市を訪ねて

伊藤夏子


目に見えない放射能を知る唯一の方法は測定である。

その測定も、何を信じればいいか分らない。自分で調べ判断するしかない。
が、相手は見えないのである。

見えないものに怯える人。見えないものは気にしない人。

見えないものを忘れようとする人。

見えないものを見ようとし、格闘する人。
外遊びを再開した福島市の幼稚園では、外に出ない子どもとその親が苦しんでいる。

見えないものが人々を分断している。


保育所の砂場は「放射性廃棄物」
5月31日、日帰りで福島市を訪ねた。23日に福島から上京し、文科省前に座り込んだ父母たちの訴えを聞き、現地の様子を自分の目で確認したいと思ったからである。31日は16時から、そのときの父母が県の対策責任者と会う予定であった。

福島市公表のデータによると5月下旬、市役所横高さ1mの空間線量が毎時1.5マイクロシーベルト(μSv)前後である。肌の露出を避け、0.1ミクロンの粒子を99%カットする使い捨てマスクを着用した。県と父母たちの面会に参加する他は市内を歩き、公園や八百屋、スーパーの食品売り場を見て回ろうと考えていた。ガイガーカウンターを持っていないため、目に見えない放射能を認知する術がないのが最大の問題であった。

Aloka サーベイメーターTGS-133
レンジは最大100k (10万) 単位はcpm
福島駅で新幹線を降り、ホームを見渡すとゴーグルにマスク姿で計測する作業員風の男性(Tさん)がいた。線量を教えてもらおうと話しかけたら、何やら立派な測定器をお持ちであった。機種はベータ線とガンマ線の両方を測定できる「Aloka サーベイメーターTGS-133」である。東京の室内のバックグラウンドは65cpmだったが、新幹線の車内は郡山付近から線量がぐっと上がったとのこと。福島駅ホームは大人の腰の高さで250cpm前後である。ようやくシーベルトに慣れてきた私はcpmと聞き、困惑した。cpmとはカウント・パー・ミニッツ、1分間に飛んでくる放射線の数だという。何を測定しているか尋ねると、ほぼセシウムからのガンマ線のはず、との答えであった。

 今回の東京電力福島第一原発の事故では、半減期30年の放射性セシウム137と、半減期約2年の放射性セシウム134がほぼ1対1の割合で検出されている。長きにわたり問題となるであろうセシウム137は最初、ガンマ線ではなくベータ線を放出する。今回初めて知ったのだが、文科省や県が発表している校庭などの空間線量はガンマ線しか計測していない。すでにセシウムの多くは地表に降りている。今の時点でセシウム137を正確に計測するには、ベータ線を検出できる測定器で地表近くを調べなければならないのだ。 
JR福島駅 女子高生もマスクを
つけていない。

Tさんは作業環境測定士である。以前、放射線管理区域である大学の研究室で放射性廃棄物の処理を行っていたという。福島市在住の母親(Oさん)の依頼で市内の認可外の保育所と個人宅を測定しに行くと聞き、急遽同行させてもらうことにした。

ロータリーに迎えに来てくれたOさんの車の中は子どもの玩具でいっぱいだ。Oさんは4歳の女の子と1歳の男の子の母親である。使い捨てマスクを着用している。市内でも特に線量が高い、山を背に広がる地区に向かった。 

「川があるから線量が高いのでしょうか?」Tさんに尋ねると「おそらく大量の放射性物質が山にぶつかって落ちたのでしょう」との答え。


保育所玄関先にて
到着したのは住宅地の中の小さな保育所である。早速、玄関の子どもの靴の裏を測定した。レンジを一番下の300に合わせると、針が降り切れた。裏がざらざらした靴が一番高く、700cpmであった。  小さな砂場は2000cpm。絶対に遊ばせないで下さいとTさんは言った。セシウム137換算で1000cpmは、放射線管理区域から持ち出し禁止レベルである。(注1)  2000cpmとは、1分間に2000個の放射線の粒が測定器の表面めがけて飛んできているということだ。

砂場のセシウムは雨で浸透してしまったようで、20センチ以上掘り、粘土層が出たところでも600cpmであった。



映像:砂場をスコップで掘り、計測



「ピ」という音は測定器がとらえた「放射線の粒」である
レベルが高いと音が連続し、ビービー鳴り響く

その後6月3日、保育所の園長先生から連絡があった。

「先ほど関西電力の人が来て砂場を測定して行きました。高さ50センチでした」

―関西電力、ですか?
「県から頼まれたそうです」

―ガンマ線ですか?どんな測定器でしたか?
「さあ・・・ 大きくてマイクのようなのが着いていました」

―数値は教えてもらえましたか?
「1.78と言われました。マイクロシーベルト、ですね。砂を5センチ取れば遊んでいいって・・・」

―5センチ取り除いた状態も測定したのですか?
「地上50センチだけです」

6月1日には保育所の責任者が集められ、積算量を調べるためにポケット線量計を常時携帯するよう指示が出ている。6月13日から8月ごろまで測定するという。その間も放射能に晒されるのである。

間もなく事故発生から3か月だ。外部放射線の実効線量が3か月につき1.3ミリシーベルトならば放射線管理区域のはずである。(注2)福島市の積算量はこれをはるかに超えている。なぜ空間線量を測定するだけの“モニタリング”を続けるのだろうか。

私は同行できなかったが、Oさん一家が住むマンションは、玄関入口前の苔が約10,000cpmを記録している。セシウム137換算で10,000cpmも「放射線管理区域」だ。(注3)


映像:Oさんマンション玄関前の苔

3階建て鉄筋コンクリートマンションの2階の室内は、線量が低かったとのこと。3月11日から数日間、洗濯物を外に干すためベランダに出入りしたが、その後、一切窓を開けなかったという。

後日、Oさんと電話で話した。窓からの放射性物質の侵入による大気の汚染はもう大丈夫だろうと告げられ、時々窓を開けるようになったという。しかし、玄関前の苔はどうにもできずにいるとの事であった。不動産屋に説明しなければならないが、「シーベルト」が定着したため、cpmだと通じない。(注4)

玄関を出入りするには苔の上を通らなければならない。見た目はただの苔である。強い放射線を放っていることをどうすれば理解してもらえるか分らないという。苔を除去してもどこに捨てるかが問題だ。保育所の砂場も放射性廃棄物である。そもそも、なぜ、放射性廃棄物の中に子どもたちが置かれているのか。

私はOさんに、子どもと避難してほしいと伝えた。しかし、彼女には仕事もある。生活も楽ではない。両親も兄弟も近くに住んでいる。Oさんは、子どものためには避難すべきだと分っているが、なぜ自分たちに非はないのに避難しなければならないのか、なぜこんな目に遭わないといけないのか、どうしても納得できないと言う。

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「一緒に福島の子どもたちを守って下さい」~親たち、県に訴える~
3月11日以前、福島に知り合いはなかった。私は、30キロ圏外でも線量が高い地域は、放射能の影響を受けやすい子どもや妊婦を優先して一刻も早く避難させるべきだと思っていた。やがて県内に知人がいる複数の友人から、地元住民の間では「避難」を口にすることさえ憚られる空気があることや、差別を恐れ県外に出られずにいる人たちがいると聞いた。しかし、福島県民が声を上げない限り事態は変わらないと思い、インターネットで情報収集を続けた。そして5月初旬、「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」が立ち上がったことを知った。それ以来、自分が住む埼玉も放射能汚染地帯であるとの認識を持ちつつ、この会の活動に注目してきた。

5月11日、「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」は福島県に対し、以下の要請を行った。
  1. あらゆる被ばく低減策を、県自らが主導し行ってください。
  2. そのために、授業停止やいわゆる学童疎開・避難が必要であれば、躊躇なく行ってください。また、自主的に避難や疎開を行う者への経済支援を行ってください。
  3. 校庭削土をはじめとする除染作業、高放射線区域の隔離等を急いで行ってください。(東京電力への放射能の引き取り要求も求めます)
  4. これらの対策にかかった費用は、福島県民を代表し、堂々と国・東京電力に要求してください。
  5. 知事が任命した現在の放射線健康リスク管理アドバイザーを即刻交代させ、内部被ばくも含めた防護策や継続的モニタリングの指導が出来る真のアドバイザーを招聘してください。
5月31日16時、県庁隣の自治会館にて県職員3名が父母たちに回答した。
以下は、その時のやり取りである。

右が「子どもたちを放射能から守る
福島ネットワーク」の父母たち
「県独自の低減策はないんですか」
―明日からモニタリングします。

「モニタリングは低減策じゃないですよね」「4月からモニタリングしているんですよ」
―モニタリングの結果を見て・・・

「いつまでモニタリングするんですか」「ずっと放射能を浴び続けているんですよ」
―・・・・・。

「福島市は物凄い積算量なんですよ」
「保護者たちは切羽詰ってますよ、追い詰められて。感じて下さい。目の前に小学校あるでしょう」
―・・・・・。

「国の原子力安全委員会は誰も年間20ミリシーベルトを容認していないんですよ」
「低ければ低いほどいいと言ってるから、文科省も1ミリシーベルトと言ったんですよ」
―県災害対策本部原子力班主管:安全委員会は20でいいと言ったんじゃないの?

「なぜ地表をモニタリングしないんですか」
「ホットスポットが沢山あるんですよ」「すごい値が出てるんですよ」
「ガンマ線しか測定してないんじゃないですか」
―原子力班主管:50センチでやりますので、それ以外の方法はやりません。

「うちの高校はグラウンドで1センチが4と5でした。それでも部活やってるんですよ。側溝が60出ました」
「50センチで測るモニタリングを私は信用しません。なぜ50センチなのか。小さい子が下で土いじったりする可能性の方が大きいじゃないですか」
―・・・・・。

「現在、何人県外に出てるんですか。県は把握してないんですか」
―8000人以上は・・・

「校庭での活動は親の承諾書を取っているんですよ」「幼稚園でも外遊びさせてるんですよ。数値が高いとお伝えしたら『承諾書もらっています』って」
―・・・・・。

「中学校で体育を休むと評定はできない、だから1ですと言われるんですよ。中学3年生にもなれば、これがどういう事かご存じですね」
―小中学校については市町村の判断です。

「4月13日、原子力安全委員の一人が記者会見で言ってますね。土埃に注意した方がいいって」
「もう一か月以上もそのままですよ。その間、ずっと吸い込み続けてるんですよ」
「これが本当の放射能リスクですよ」「それについて適切なアドバイスをしてくれないのであればきちんとしたアドバイザーを出して下さい」
―・・・・・。

「県のリスクアドバイザーはどういう基準で選んだのですか」
―広島、長崎、チェルノブイリの研究実績があるからです。

「どんな研究実績ですか」
―・・・・・。

「誰が選んだんですか」「国ですか」
―県です。

「県の誰ですか。知事ですか」
―県です。

「年間100ミリシーベルト以下の健康被害について専門家の見解が分かれているなら、
なぜ一番被曝しても問題ないという立場の3人を選んだのですか」
「分らないことについては安全側に立つのが大原則じゃないですか」
「何のためのアドバイザーですか」
―・・・・・。

「一番最近の講演会では職員が動員されたことも知ってるんだ。質問もさせなかったって話じゃないか」
「なぜ山下さん(注5) を守るのですか」「なぜ県民を守らないのですか」
―・・・・・。

「アドバイザーの交代について、知事に検討してもらったんですか?」
―・・・・・。

「知事に伝わっているんですか」「批判があることは山下さん本人に伝わっているんですか」
―・・・・・。

「知事に、アドバイザーのこれまでの発言と原子力安全委員会の発言を報告して下さい」
―・・・・・。

「福島県民は棄てられたんですよ」
「福島の子どもたちは棄てられたんですよ」
―・・・・・。

「県民同士がいがみ合う事はしたくないんだ」「放射能で仲違いしたくないんだ」
「一緒に福島の子どもたちを守って下さい」「守って下さい」
「一緒に守りましょうよ」「一緒にやりましょうよ」
―・・・・・。

県職員3人は、俯くだけであった。

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「土はどうするのですか」
5月31日19時 福島市飯坂町平野中学校体育館にて

夜、校庭の土の汚染除去について地区住民向け説明会が行われると聞き、町はずれの中学校に向かった。市中心部で拾ったタクシーの運転手は、実家がリンゴ農家だと話してくれた。果樹園は手入れをしないと荒れてしまうため、出荷できるか不安を抱えながらも栽培を続けているという。約20分走り到着した中学校は、水田の真ん中にあった。
平野中学校体育館

体育館では地区住民と教育委員会の質疑応答が始まっていた。

「高圧洗浄で汚水が流れてくるでしょう。下流に吸着剤は入れてもらえるんですか。
うちは下流なんで。側溝はすでに高いんで・・・」

「植栽についてお尋ねします。私は何十年も学校の緑化に取り組んできました。表土をとれば枯れると思うんです。誰が責任をとってくれるんですか」

「学校の周りで米作ってる者です。高圧洗浄の日は教えてもらえますか。田んぼに水を引かないようにするので」
―JAさんにお伝えすればいいですね? では、そうします。

「(土の下に敷く)遮水シートの耐用年数は何年ですか」
―年数は示されておりません。最終処分場でも使われているシートだということで国の指針に基づいて使用します。30年間、中に置くとは申し上げておりません。国の対応方針が示されれば、対応していく考えです。
地区住民への説明にあたる
福島市教育委員会関係者

「土はどうするんですか」
―東電に持っていってくれと要求しています。
―東電の敷地持っていくのも、双葉、大熊は一日も早く戻りたいから持っていけないことを理解して下さい。

近くに座っていた農家と思われる男性たちの私語。皆、60代、70代だろう。“東京湾さ持って行って埋め立てすればいい”“東電本社の敷地だな”“ロケットさ積んで火星さ持ってくべ”・・・

母親が必死に質問している。
「一度埋め立てたあと、方法が見つかったらちゃんと掘り出して管理してもらえるんでしょうか」
「通学路は調べてもらえないんでしょうか」

母親は引き下がらない。
「モニタリングは空間線量でなくて、側溝とか雨どいの下なども調べていただきたいの
ですが」
―計測方法は決められておりまして、中学校ですとその中の何点かの平均で(高さ)1
メートルです。

この時の男性たちの私語。
“今日は学校の話し合いじゃないって” “ああいうのカミさんに貰うと苦労するべ”

私の左隣の男性は、最後まで黙って聞いていた。
私が明らかによそ者と分るからだろう。集会が終わると話しかけてきた。
「本当に参ってますよ。息子の嫁が四国だから孫と避難させてますけど、向こうに転校させようかどうか・・・」

体育館に残った住民数名が心配を口にしている。
一人がポケットから線量計を取り出すと、皆、次々と取り出した。
「これ買ったんですけど、きちんと測れるでしょうか」
「孫が心配で、秋葉原まで買いに行きましたよ」

福島では放射能を測定できるものは滅多に店頭に並ばないという。
現地では様々な噂を耳にした。国が買い上げたと言う人もいれば、輸入品が船ごと行方不明になったらしいと話す人もいた。

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付記 
6月6日、福島県災害対策本部にようやく電話が繋がった。関西電力の測定員が訪れたという保育所の一件を伝えた。15分後、折り返し返答があった。

6月1日に開始したモニタリングは1μSvを超えた学校等について国の財政的支援により表土除去または天地返しによる線量低減を図るためのものであり、測定者がコメントや指導をしないよう委託業者の一つである電気事業連合会(電事連)に申し入れたとのことであった。測定器が足りないため電事連の協力も得ているのだという。

今回のモニタリングは国の原子力災害現地対策本部に県災害対策本部が協力する形で実施しているとのことである。なお、文科省に対しては学校や幼稚園だけでなく、認可外の保育所を含め子どもを預かる施設への財政的支援を要請しているとのことであった。

モニタリング方法については、高さ50cmでのガンマ線の測定は子どもへの外部被曝の影響を調べるためであり、ホットスポットの存在は認識しているが、学校生活において屋外で子どもが多くの時間を過ごす校庭を最優先にしているとのことである。校庭、園庭の目途がついたら地域の草むら、側溝といったホットスポットの除染に市町村と取り組む予定で、除染についての知見は国に協力を求めているとのことであった。

内部被ばくについてはホールボディーカウンターが県立医大に一台しかないため確保に動いており、県としては県民の健康を維持するため県民の要望を聞きながら柔軟に対応したいと考えているとのこと。全県民の健康管理調査検討委員会座長が山下俊一氏であることについては、氏に対する様々な意見は把握しているが、実際の調査にあたるのは山下氏ではなく研究機関であるとの返答であった。避難については、子どもも含め年間20ミリシーベルトを基準とした国に決める権限があるとのことであった。

応対した県災害対策本部職員の口ぶりから誠実さは伝わってきた。しかし、私は、職員たちにはもっと勉強してもらい、国の指針や専門家の見解に対抗できるだけの見識を持ち合わせてほしいと思った。放射能の影響をめぐる専門家の見解は割れている。土壌汚染や飲食物の汚染、除染、大量の放射性廃棄物の処理といった難題に対する解答を持ち合わせている「専門家」などいないはずだ。

また、県知事と市町村長は、何があっても住民を守るという姿勢を示すべきであろう。ホットスポットだらけの町に子どもたちを放置しておいていいはずがない。モニタリングを続けるとは、その間、さらに被曝させることに他ならない。

なお、連絡をくれた保育所では砂場をビニールシートで被い、外遊びを控えている。「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」にも測定に来てもらい、保育士たちの勉強会を持ったとのことである。避難も考え始めているが、少しでも放射能を減らすため同ネットワークの助言をもらいながら自分たちで除染するとのことである。

この保育所は4月上旬、県の調査で毎時2.5μSv (地上1m) が計測されていた。測定結果は後日ホームページで発表すると告げられただけで、その後、何の報告も指導もなく、ホームページを調べても見つけることができなかったという。

福島の親たちは放射性物質が大量に降り注いだ3月11日からの約1週間、我が子がどれだけ被曝したか心配している。断水の中、水、食料、ガソリンを求め、人々は屋外で長蛇の列をなしていたという。Oさんも二人の子どもの手を引き、並んでいた。彼女は、子どもをこれ以上被曝させないため、せめて食べ物だけは放射能のないものを与えたいと言う。

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国会は菅退陣で騒いでいる。

これ以上、福島の子どもたち、そして日本に暮らす子どもたちが被曝しないよう、避難、疎開、内部被曝への対策を含むあらゆる手立てを尽くすこと。

今後大量に発生する放射性廃棄物の処分場を早期に確保すること。今こそ、政治決断が求められているはずだ。


伊藤夏子(いとう・なつこ) 1972年生、埼玉県在住。アルバイトや派遣社員として職を転々とした後、フリーランスのテレビドキュメンタリー番組リサーチャー。

作業環境測定士(Tさん)のブログhttp://madamada-korekarasa.cocolog-nifty.com/

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注1:放射線を放出する同位元素の数量等を定める件(平成十二年科技庁告示第五号)第四条、別表第4他http://www.mext.go.jp/component/a_menu/science/anzenkakuho/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2009/04/22/h121023_05.pdf 
およびhttp://www.aist.go.jp/aist_j/rad-accur/pdf/case_study_1.pdf
注2:同 平成十二年科技庁告示第五号 第四条
注3:前掲iに同じ
注4:cpmをシーベルトに換算するには複数の条件を考慮しなければならない。なお、シーベルトとcpm、両方の測定値が示されるガイガーカウンターも販売されている。「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」は、α、β、γすべての線量を計測し、両方の単位で表示できる測定器も使用している。
注5:福島県放射線健康リスクアドバイザーの長崎大学山下俊一氏 氏の3月21日の講演は

Wednesday, June 08, 2011

オーストラリアからの手紙と、ヘレン・カルディコットNYT紙寄稿和訳:「安全な被曝量というものはない」 Unsafe at Any Dose: An Op-Ed in NYT by Helen Caldicott (Japanese Translation)

Here is a Japanese translation of Helen Caldicott's Op-Ed in the New York Times on April 30. See this link, or below, for the original article in English.

ティルマン・ラフピーター・カラモスコス田中利幸ガバン・マコーマック各氏に続き、原発問題について、オーストラリアに活動拠点を置く専門家、ヘレン・カルディコット氏の声を紹介します。この記事の訳者はやはりオーストラリア在住、震災と原発事故の被災地である福島県南相馬市出身の椎根智子(しいね・ともこ)さんです。椎根さんからこの翻訳文が届いたときのお便りには、カルディコットさんの講演会に出て、彼女と直接話したときの報告、そして現在の椎根さんの家族が置かれている状況などが書かれていたので、許可をもらってここに一緒に掲載します。また、この投稿のコメント欄には、椎根さんから追加で送られてきた、事故から今に至るまでの、南相馬の詳しい状況が書かれていますので併せてお読みください。(PPC)

わたしは現在オーストラリア在住ですが、出身は福島県の南相馬市で、原発事故で家族も影響をうけ、避難したくとも旦那に反対されているといった小さい子供をもつ友人もいて毎日遠くから見守るだけで心を痛めておりました。
じつは5月早々、この人の講演会(小さなものでしたが、近くの大学であったので)へいったんです。ものすごくパワフルな人で、でもすごくわかりやすく、たぶん京大の小出教授に次ぐ分かり易さで(話方は全然違いますが)ありました。まずは福島第一原発のこと、それから原発の仕組みと産業について、そしていかにうそでかためられてきたか、そして核兵器との関連と核兵器によって破壊されているイランやイラク、アフガニスタン等の現状などを伝えてくださいました。

そしてこういうのです。「最近ね、教育改革がどうのこうの、教員の質がどうのこうの、子供を取り巻く教育環境がどうのこうのと言う人がいるけどね、核があるかぎり、原発だろうが兵器だろうがかわりはない、そんなものがいまだにあるかぎり、子供の安心な未来はない。未来が確保されていないのに、教育がどうのこうのなんて無意味だとあたしは思うわ。まずは原発をとめて、核兵器をとめて、ウラン発掘をとめなくては。」「勇気をもって、ガッツをもたなければいけないわ。あたしは医者だから、もし患者がガンにかかっていたら、その患者が落ち込んで、ふさぎこんでというリスクを承知したうえで、勇気をもって告知しなければならない。真実をつたえていかなければならない。それと同様にあなたたちも、勇気をもって、核の無意味さと恐ろしさを全力をもってつたえてゆかなければならない。」「あたしはもう72歳。あなたの子供たちのためには、あなたたちこそがぜったい原発をとめる、ウラン発掘をやめさせることをしなければ。やるかやらないか、どっちなの?わたしはやんないわよ。」「政治家にまかせて、ラクしてきていまこんなことになったのはわたしたちのせいでもある。声をあげてゆかなくてはだめよ」等々。

彼女に講演のあとに、実はわたしは南相馬出身なんです、でも弟が一人帰っているし、両親ももう一人の弟のいる福島市にいるんです、といったら、「どうして?」といいながら涙ぐんで、ハグしてもらいました。彼女はチェルノブイリのこともよくしってて(あたりまえなんですが)、本当に福島のそして日本の人びと、ひいては北半球の人びとの健康を心配しておられました。
彼女のスタイルはいまの日本社会にはインパクトがありすぎるかもしれません。でも、原発がいかに嘘でかためられた危険なものかをあのように具体的にしめしてくれて、核兵器のおそろしさと非情さをつたえてもらえれば、今の日本ででもぜったい目覚める人がいるはずだともおもいました。

2011年4月30日ニューヨーク・タイムズ寄稿
http://www.nytimes.com/2011/05/01/opinion/01caldicott.html

安全な被曝量というものはない 

ヘレン•カルディコット
オーストラリア・シドニー

(翻訳 椎根智子・乗松聡子 協力 松崎道幸)

6週間前、日本の福島第一原子力発電所での原子炉損傷を初めて耳にした時、私にはすでに「その後」がわかっていた。格納容器や燃料プールのいずれかが爆発するようなことがあれば、北半球で何百万といった規模でガンが増えるであろうということだ。

原子力発電推進派の多くが、このことを否定するであろう。先週(4月末)、チェルノブイリ原発事故25周年を迎えたが、チェルノブイリ事故の影響で死亡した人はほとんどなく、被害者の二世にも遺伝的異常は比較的少なかったと主張する人は少なくなかった。このような主張は、石炭などと比べいかに原子力が安全か、という議論への安易な飛躍を招いてしまうし、福島近辺に住む人びとの健康への影響は大したことはないだろうという楽観的な予測にもつながるおそれがある。

しかし、このような見方は、間違った情報に基づいており、短絡的である。原発事故の健康被害について、一番よく知っているのは私たち医者である。チェルノブイリによる死亡者数については、これまで激しく論争がなされてきた。国際原子力機構(IAEA)は、ガンによる死亡者数をおおよそ4000人程度と予測したが、2009年にニューヨーク科学アカデミーより出版された報告書では、百万人に近い人びとが、ガンやその他の病気で既に死亡していると報告している。また、高い被曝線量が多くの流産を引き起こしたので、実際遺伝子に損傷を受けた胎児でどれだけの数が生まれ出ることができなかったのか、私たちは知るよしもない(ちなみにベラルーシとウクライナの両国には、奇形で産まれて来た子供たちで一杯のグループホームがある)。

原子力事故には、終わりというものがない。チェルノブイリの放射性物質の影響の全容が明らかになるまで、これから何十年も、場合によっては何世代もかかるのである。

ヒロシマ•ナガサキの経験からわかるように、ガンにかかるのには長い年月を要する。白血病になるのは5年から10年ほどであるが、固形ガンでは15年から60年を要する。さらに、放射線による突然変異のほとんどは劣性である。わたしの専門である嚢胞性繊維症などの特定の病気をもつ子供ができるのは、何世代もかけて、二つの劣性遺伝子がそろうからである。チェルノブイリとフクシマから放出した様々な放射性物質同位体が原因で、遠い未来に渡り、一体どれくらいのガンや他の病気が引き起こされるか、わたしたちには到底想像はつかない。

医者はこのような危険性をわかっている。医者である私たちは、白血病で死にかかっている子どもの命を救おうと必死になる。乳ガンの転移で死にゆく女性の命を何とか救おうとがんばる。しかし医学的見解では、不治の病に関して唯一頼りになるのは予防なのである。故に、核産業に属する物理学者たちに真っ正面から立ち向かうことができるのは、われわれ医者なのだ。

核産業に関係する物理学者たちは、もっともらしく放射線の「許容線量」について話す。彼らは一律に体内の放射性物質を無視する。内部被ばくというのは、原子力発電所、あるいは核兵器実験によって出された放射性物質が身体の中に摂取された、あるいは吸い込まれることを言い、少量の細胞に対し非常に高い線量を与える。原子力産業の物理学者たちは、原発、医療用のX線、宇宙や大地からの自然放射線といった、一般的には内部被ばくよりも害の少ない、外部被ばくの原因となる同位体のことばかり話すのである。

しかしながら、医者は、放射線の線量に安全なレベルなどないことを、そして放射線の線量は累積するということを知っている。その放射線によって変異が起きた細胞は、概して有害である。私たちは皆、何百種類もの病気の遺伝子を持っている。嚢胞性繊維症、糖尿病、フェニルケトン尿症、筋ジストロフィーなどである。今現在記録されている遺伝病の数は2600を越え、そのうちのいずれも、放射線による変異によって引き起こされる可能性があるのであり、実際にこれらの病気は、人為的に引き上げられてきているバックグラウンドの放射線レベルと共に増加するだろう。

これまで長い間、核産業に雇われた物理学者たちは、少なくとも政治力とマスメディアの世界において、医者をしのいできた。1940年代のマンハッタン計画から、物理学者たちは米国議会へ、いともたやすく出入りしてきた。彼らは核エネルギーを利用するのに成功し、そして核兵器や原子力発電推進のロビー活動においては、核エネルギーと同様の力を発揮した。物理学者たちは米国議会に入り込み、議会は事実上彼らに屈服した。彼らの技術的進歩は誰もが認めるところだが、その弊害は、何十年も後になってから明らかになる。

それに比べ医者は、議会からほとんどお誘いも受けず、核問題に関してほとんど情報のアクセスや助言の機会がない。私たち医者は、通常はガンの潜伏期間や放射線生物学の目覚ましい進歩について触れ回ったりはしない。しかしその結果、私たちは、政策立案者や一般市民に対し、放射線の長期的危険性や害においての説明を十分にしないでここまで来てしまった。

医者はガン患者が来ても、例えば1980年代にスリーマイル島の風下に住んでいませんでしたか、とか、スリーマイル島近くの牧草地で草を食んでいた牛のミルクを使ったハーシーズ社のチョコレートを食べましたか、などとは失礼になるので聞けない。私たちは、初めから大災害を止めようと戦うよりも、起きてしまった後に処理しようとするが、それではいけない。医者は核産業に立ち向かわなければならない。

原子力はクリーンでもなく、持続的でもなく、また化石燃料の代替となるものでもない。それどころか、原子力は実質上地球温暖化を悪化させるものである。太陽光、風力、地熱利用と、節約を組み合わせることにより、私たちのエネルギー需要は満たされる。

当初は、放射線がガンを引き起こすなど全く思いも寄らなかった。マリー•キュリー夫人とその娘は、自分たちが扱った放射性物質によって死ぬことになるとは思っていなかった。しかし、マンハッタン計画の初期の原子力物理学者たちが放射性元素の有毒性を認識するまでに、長い年月はかからなかった。私は、彼らの多くと知り合いである。彼らは、ヒロシマ•ナガサキにおける自分たちの罪が、核エネルギーの平和利用によって赦免されることを願っていたが、実際にはその罪はより重くなるだけであった。

物理学者の知識によって核の時代は始まった。医者の知識と、威信と、正当性をもてば、核の時代を終わらせることができる。

ヘレン•カルディコット— PSR(Physicians for Social Responsibility 「社会的責任を果たすための医師団」)創設者。著書に Nuclear Power Is Not the Answer などがある。


The New York Times
April 30, 2011

Unsafe at Any Dose

By HELEN CALDICOTT
Sydney, Australia

SIX weeks ago, when I first heard about the reactor damage at the Fukushima Daiichi plant in Japan, I knew the prognosis: If any of the containment vessels or fuel pools exploded, it would mean millions of new cases of cancer in the Northern Hemisphere.

Many advocates of nuclear power would deny this. During the 25th anniversary last week of the Chernobyl disaster, some commentators asserted that few people died in the aftermath, and that there have been relatively few genetic abnormalities in survivors’ offspring. It’s an easy leap from there to arguments about the safety of nuclear energy compared to alternatives like coal, and optimistic predictions about the health of the people living near Fukushima.

But this is dangerously ill informed and short-sighted; if anyone knows better, it’s doctors like me. There’s great debate about the number of fatalities following Chernobyl; the International Atomic Energy Agency has predicted that there will be only about 4,000 deaths from cancer, but a 2009 report published by the New York Academy of Sciences says that almost one million people have already perished from cancer and other diseases. The high doses of radiation caused so many miscarriages that we will never know the number of genetically damaged fetuses that did not come to term. (And both Belarus and Ukraine have group homes full of deformed children.)

Nuclear accidents never cease. We’re decades if not generations away from seeing the full effects of the radioactive emissions from Chernobyl.

As we know from Hiroshima and Nagasaki, it takes years to get cancer. Leukemia takes only 5 to 10 years to emerge, but solid cancers take 15 to 60. Furthermore, most radiation-induced mutations are recessive; it can take many generations for two recessive genes to combine to form a child with a particular disease, like my specialty, cystic fibrosis. We can’t possibly imagine how many cancers and other diseases will be caused in the far future by the radioactive isotopes emitted by Chernobyl and Fukushima.

Doctors understand these dangers. We work hard to try to save the life of a child dying of leukemia. We work hard to try to save the life of a woman dying of metastatic breast cancer. And yet the medical dictum says that for incurable diseases, the only recourse is prevention. There’s no group better prepared than doctors to stand up to the physicists of the nuclear industry.

Still, physicists talk convincingly about “permissible doses” of radiation. They consistently ignore internal emitters — radioactive elements from nuclear power plants or weapons tests that are ingested or inhaled into the body, giving very high doses to small volumes of cells. They focus instead on generally less harmful external radiation from sources outside the body, whether from isotopes emitted from nuclear power plants, medical X-rays, cosmic radiation or background radiation that is naturally present in our environment.

However, doctors know that there is no such thing as a safe dose of radiation, and that radiation is cumulative. The mutations caused in cells by this radiation are generally deleterious. We all carry several hundred genes for disease: cystic fibrosis, diabetes, phenylketonuria, muscular dystrophy. There are now more than 2,600 genetic diseases on record, any one of which may be caused by a radiation-induced mutation, and many of which we’re bound to see more of, because we are artificially increasing background levels of radiation.

For many years now, physicists employed by the nuclear industry have been outperforming doctors, at least in politics and the news media. Since the Manhattan Project in the 1940s, physicists have had easy access to Congress. They had harnessed the energy in the atom, and later physicists, whether lobbying for nuclear weapons or nuclear energy, had the same power. They walk into Congress and Congress virtually prostrates itself. Their technological advancements are there for all to see; the harm will become apparent only decades later.

Doctors, by contrast, have fewer dates with Congress, and much less access on nuclear issues. We don’t typically go around discussing the latent period of carcinogenesis and the amazing advances made in understanding radiobiology. But as a result, we do an inadequate job of explaining the long-term dangers of radiation to policymakers and the public.

When patients come to us with cancer, we deem it rude to inquire if they lived downwind of Three Mile Island in the 1980s or might have eaten Hershey’s chocolate made with milk from cows that grazed in irradiated pastures nearby. We tend to treat the disaster after the fact, instead of fighting to stop it from happening in the first place. Doctors need to confront the nuclear industry.

Nuclear power is neither clean, nor sustainable, nor an alternative to fossil fuels — in fact, it adds substantially to global warming. Solar, wind and geothermal energy, along with conservation, can meet our energy needs.

At the beginning, we had no sense that radiation induced cancer. Marie Curie and her daughter didn’t know that the radioactive materials they handled would kill them. But it didn’t take long for the early nuclear physicists in the Manhattan Project to recognize the toxicity of radioactive elements. I knew many of them quite well. They had hoped that peaceful nuclear energy would absolve their guilt over Hiroshima and Nagasaki, but it has only extended it.

Physicists had the knowledge to begin the nuclear age. Physicians have the knowledge, credibility and legitimacy to end it.

Helen Caldicott, a founder of Physicians for Social Responsibility, is the author of “Nuclear Power Is Not the Answer.”

This article has been revised to reflect the following correction:

Correction: May 4, 2011
An Op-Ed essay on Sunday, about the health effects of radiation, imprecisely described the accomplishments of the Manhattan Project. In producing an atomic bomb, the project used fission, which splits the atom, not fusion, the process that occurs in the sun when atoms fuse together.

Thursday, June 02, 2011

福島汚染についてのIRSN報告への米専門家のコメント:「内部被曝も予測すべき」 Arjun Makhijani on the IRSN Report: "Estimation of internal doses is important."

Here are comments by Dr. Arjun Makihijani (President of IEER, Institute for Energy and Environmental Research) on the IRSN report on the contamination of areas surrounding the Fukushima Daiichi Nuclear Plant. Also see Peace Philosophy Centre's article on the IRSN report, in Japanese, the original French version of the IRSN report, an English translation, and an abbreviated Japanese translation.

6月1日の投稿「フランスIRSN報告が明らかにする福島の汚染・被曝状況と、さらなる避難の示唆 IRSN New Report: Revealing Contamination in Fukushima, and Possibility of Further Evacuation」で紹介した、フランスの放射線防護・原子力安全研究所(IRSN)による報告書『福島原子力発電所事故から66日後の北西放射能降下区域住民の予測外部被曝線量評価 -住民避難対策が与える影響-』に、米環境エネルギー研究所所長アージュン・マキジャーニさん(物理学者)からコメントが入っていますので紹介します。元の英文は下に掲載しております。

米環境エネルギー研究所 アージュン・マキジャーニ所長(物理学者)

この被曝予測は本当にひどいと思います。この地域の人たちはこのような被曝を積み重ねることを許されてはいけません。汚染地域の除染対策は、特に子どもを守るために必要です。避難政策は、最初の数週間は(混乱しても)理解できますが、事故が継続するにつれ、益々の混乱を来していることがわかります。一つの原因としては、汚染パターンは放射状に減少するのではないことと、ホット・スポットが各地にできてしまったこと、汚染は選択的方向性を持って広がることがわかってきたことです。

内部被曝の予測(経口摂取、吸入)を予測するのは重要です。IRSNも注記しているように、今回の分析に内部被曝は考慮されませんでした。さらに、放射性ヨウ素の諸同位体も分析対象となっていません。

さらに、この事故はまだ終わっていないのです。ということは、既に沈着したセシウム134(半減期2.1年)が減衰している途中とはいえ、同時に、セシウム134とセシウム137による汚染は増え続ける可能性があるのです。

この事故へのドイツとスイスの(脱原発への)反応のみが、日本に残された賢明な道と言えるでしょう。具体的に言うと、日本が同様の決定をしたら、原発を稼働し続けることに気を取られずに、除染や市民の保護に専念することができるでしょう。また、使用済み燃料をより安全な乾式施設に移し、津波の脅威から守ることができるでしょう。
当サイトでのマキジャーニ所長の過去の記事は以下をご覧ください。

IEER Press Release: "This accident has long since passed the level of Three Mile Island" 「放射性ヨウ素はスリーマイル島事件の10万倍以上」-米エネルギー環境研究所プレス・リリース 日本語訳
米新論文:「意図しない再臨界」が起こっているのか。Is Unintended Recricality Ocurring?


Comnents on the IRSN Report


Arjun Makhijani

This is indeed a terrible prognosis for doses. The people of the area simply cannot be allowed to have accumulated doses of these magnitudes. A policy for cleanup of the contaminated areas and for protecting children especially is very necessary. The evacuation policy, while understandable for the first few weeks, is revealed to be quite messy as the accident continued. One reason is that it was eminently clear by then that the pattern of contamination would not follow a radially declining mode and that hot spots and preferential directions had already developed.

Estimation of internal doses (ingestion, inhalation) is important. As the IRSN notes, internal doses were not included in its analysis. Moreover, doses from the radioactive isotopes of iodine were also not included.

And the accident is not over yet. This means that cesium-134 and cesium-137 contamination could increase, even as cesium-134 already deposited (half-life 2.1 years) decays.

The German and Swiss response is the only sensible one for Japan. Specifically, if Japan made a similar decision, they could better focus on clean up and public protection without having one eye on how they might continue keeping the nuclear plants in operation. This would also allow the spent fuel that has aged somewhat to be located in more secure dry facilities and away from tsunami threats.
Arjun Makhijani is President of the Institute for Energy and Environmental Research.