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Wednesday, August 29, 2007

Peace Philosophy Salon on Sunday September 9th

Peace Philosophy Salon: Seoul, Hiroshima/Nagasaki, Article 9, and much more!
ピース・フィロソフィー・サロン:ソウル、広島・長崎、9条、その他なんでも!

I am back from the two-month stay in Japan. In July I visited Seoul, Korea, to attend the Wednesday demonstration in front of the Japanese Embassy by the victims of sex slavery during the war, and also to visit the House of Sharing, or Nanumu, where 9 former 'comfort women' live together.

2ヶ月の日本滞在から帰ってきました。滞在中、韓国ソウルに行って、元日本軍「慰安婦」であった女性たちの日本大使館前でのデモに参加し、9人のハルモニたちが住む「ナヌムの家」と歴史館を訪問しました。

From August 2nd to 12th, I attended the Peace Exchange Seminar by Ritsumeikan University (Kyoto) and American University (Washington D.C.) as an interpreter and instructor. It was the 13th year of this tour in which American and Japanese university students visit Hiroshima and Nagasaki together to learn the history around the first use of atomic bombs on the human race and their devastating human consequences, and the peace movements towards abolishing the nuclear arms from the face of this earth.

8月2日から12日までは、京都の立命館大学とワシントンDCのアメリカン大学の「平和交流セミナー」に通訳・講師として参加しました。このプログラムは今年で13年目にあたります。アメリカ人と日本人の大学生が共に広島と長崎を訪れ、原爆が人類の上に初めて落とされた歴史と、それが人間にもたらした破滅的な結果について、そして地球から核兵器を廃絶しようというさまざまな平和運動について学びます。

These were highlights of my trip and there are many other experiences, books and AV materials that I wanted to share with you. This is an informal meeting, so what format it will take, which language(s) we speak will depend on who will attend. Please do share your own summer experiences and bring thoughts and ideas for future activities for making our world peaceful and sustainable.

上記が夏の旅行のハイライトと言えますが、この他にも、皆さんに紹介したいたくさんの本、ビデオ、そして出会いや経験があります。例としてはこのブログでも紹介した、「君が代不起立」で停職処分を受けいる根津公子さんの校門前「出勤」の訪問があります。この催しはざっくばらんな会であり、どんな形式になるか、どの言葉を話すかは来た人の顔を見た時点で決まるでしょう。皆さんの夏の経験も聞かせてください、そして、平和と持続可能な世界を作るためのアイデアをどしどし持ってきてください。

Date: Sunday September 9th, 2007 
Time: 1 PM - 4 PM
Place: Peace Philosophy Centre, North Vancouver, BC
(a direction will be given to participants. )
Admission: Free. Bring a snack to share, if you like.
RSVP 参加申込: info@peacephilosophy.com or 604-619-5627 by September 6th

*** Children are welcome. Parents are responsible for their children's safety during this event. 子連れ歓迎です。お子さんの安全は保護者の責任となります。

I look forward to a special event. 皆さんと過ごす特別な時間を楽しみにしています。

Love for peace,

Satoko

乗松聡子

Tuesday, August 21, 2007

What is Article 9? キュージョーって何?

(Japanese, followed by English)

九条って何?
6歳の娘は聞いた
ちょっと考えて、答えた
「人を殺さないっていう、約束だよ」

「あ、そう」
(そんなカンタンなことなの)
という答えだった

宿題をやる
部屋を片付ける
なかなかできない「約束」たち
でも「九条」は ボーっとしてても守れるよね

でもこんなカンタンな約束
大人たちはどうして守れないの?

"What is Article 9?"
My 6-year-old daughter asked
I thought for a while, then answered:
"It is a promise not to kill people."

"Oh yeah?"
My daugher's answer sounded like
It was such an easy promise

When there are so many hard promises to keep
like doing homework
like tidying up your room
You can just sit around doing nothing
And still keep Article 9

So why is it so hard for grown-ups
To keep such an easy promise?

A-bomb and Humanity exhibition (Aug 5th, 6th)

Peace Philosophy Centre, and Vancouver Save Article 9, held the 62nd anniversary of A-Bomb of Hiroshima event, under the name “A-Bomb and Humanity”, in the 2007 Powell Street Festival. In August 5th and 6th, over 350 visitors, including Vancouver Mayor Sam Sullivan and Olivia Chow, member of Parliament from NDP, joined the exhibition.
BC Alpha also joined our exhibition with their boards about the comfort women issues.
The cooperation of the three organizations, with their diverse member (Canadian, Chinese and Japanese), demonstrated that our common interests in peace for the future has overcome the diversities of countries, ethnicities, and politics. We worked together as a group for peace and humanity of the future.

8月6,7两日,和平哲学中心和温哥华宪法九条维护会在Powell Street Festival举办了纪念广岛遭原子弹轰炸62周年纪念展览。近400人来到位于亚历山大街的日本语学校参观了这一展览。温哥华市长萨姆·苏利文和著名国会议员邹郅惠也在参观的人群之中。


九条会会员Davie Laskey陪同市长Sam Sullivan 参观关于纪念原子弹爆炸62周年的展览。


除了展出关于原子弹轰炸的图片和相关文章之外,志愿者们还在两天时间中叠出一千只纸鹤,以此来表达我们对世界未来和平的愿望。我们把对更加美好的未来的愿望寄托在这一千只纸鹤中,并将在将来把这一千只纸鹤带到广岛的核爆纪念馆。























从左至右,Davie Laskey, Sam Sullivan,温哥华市议会议员Suzanne Anton,九条会会员菊野由美子在叠纸鹤

北美史实维护会(BC Alpha)也是我们这次展览的合作方之一。史维会展出了他们关于慰安妇问题的展览板。在参观了史维会关于慰安妇问题的展览后,很多观众在支持慰安妇签名征集单上签下了自己的名字。


著名华裔议员邹郅惠在慰安妇问题展览板前接受媒体采访。

为期两天的展览非常成功。更重要的,和平哲学中心,九条会和BC Alpha三个不同的组织在展览中表现出了良好的合作精神和对和平,正义的共同渴望。来自中国,日本,加拿大的不同背景人们团结在一起,为了明天的世界不再遭受战争的威胁发出自己的声音,这是多么让人欣慰的一幕。自从62年前核武器出现在世界上起,人类面临的威胁就是超越种族超越党派超越国家的----核大战一旦爆发,人类储备的核武器足以毁灭地球上百次。因此我们也应当抛弃国家种族政治的局限,为了保证下一代的世界不会倒退回石器时代而努力。这一展览中来自中日加的人们的共同努力乃是这一心愿的最好证明。

Thursday, August 16, 2007

(Japanese) On August 15th, 2007 日本降伏記念日に寄せて

I would like to share my thoughts on August 15th, the 62nd anniversary of Japan's surrender. Sorry this is all in Japanese... I will write in English when I am ready.

日本降伏の日に 東京にて

2007年8月15日

この日
人間の犯した罪の計り知れなさに
ただ圧倒され 祈るばかり
自分はその「人間」の一人であるから
その罪は全て 自分自身の中にある

7月10日から12日
韓国・ソウルに行った
洗練された伝統と その美意識に触れるたび
このような豊かな文化を 尊び 学ぶことをやめ
軍靴で 踏みにじった 植民地化の罪を感じ入る

ナヌムの家は元日本軍「慰安婦」の住む家
韓国語のできない自分をうらみつつ
ハルモニたちに出会う
歴史館に飾られた 彼女たちの絵ほど 
摘み取られた青春 奪われた人生を 
語るものは ない

西大門刑務所跡は 日帝時代 独立を目指した人たちが
拷問 処刑された場所
この場所で何を学んだか まだ言葉にはならない
ただ確かに言えるのは
何か知っていたつもりの自分は
何も知らなかったということ

根津公子さん
「君が代」不起立で停職処分中の 東京都の教員
7月18日に「停職出勤」を訪ねる
養護学校の前 登校をためらう子に付き添う優しさと
自分の信条を裏切らず 行動で示す勇気
私は校門前 根津先生の一人の教え子となる

父は今80歳 降伏の日は 海軍兵学校生として迎えた
広島の閃光も 瀬戸内海の 小島から見た
この父と戦争のことを語るのが 今の自分には宝石の時間
当時の男の子は 最初から死ぬのが当たり前だったと 父は言う
問題は 死ぬか否かではなく どう死ぬかだけであったと

その父と最近繰り返している「戦争デート」 
6月27日 映画「日本の青空」を観た
戦時を生き抜いた 民権思想家たちの献身 
今 憲法という形で 引き継がれる

7月26日 映画「特攻 - Tokko 」を観る
自分と同世代の 日米の女性が
特攻隊員たちの心を ドキュメントした
狂信者でも 殉国者でもない 
ただ 生きたかった 若者たち
当たり前のことを言ってくれて ありがとう

8月2日から10日 京都 広島 長崎 東京
日本とアメリカの 学生たちの平和学習の旅
通訳として付き添った
原爆投下後 62年 
日米の若者は歴史を共に見つめる

8月5日 広島の平和資料館へ
何度行っても慣れるということはない
重い気持ちで出た瞬間
出口に 新生児を抱いた人がいた
ああ私たちは あなたに何を残したのだろう
言葉を失った ただ ありがとう そこにいてくれて

近藤紘子さん  
ジョン・ハーシー著「ヒロシマ」は
きのこ雲の下で 何が起きていたか
はじめてアメリカに知らしめた
その本の中の 谷本清牧師 
自ら被爆しながら 昼夜徹して けが人をみた
紘子さんは 谷本牧師の 長女
母とともに 瓦礫の中から這い出した 奇跡の命

資料館出口で呆然としていた 自分の前に現れたのは
底抜けに元気な 紘子さんの姿 笑ってしまった 
参加者の中 被爆者の紘子さんが一番元気だった
何年も何年も あの資料館には入ることができなかった
人を連れていっても 外で待っていたという紘子さんが

8月6日 広島「縮景園」 元浅野泉邸 
原爆後 何百、何千というけが人が集まった場所
閑静な日本庭園の土の中には 無数の死者がいる
紘子さんは 遠くを見るように語った
被爆者で埋まった庭園 8月6日の夜は 静かだったという 
誰一人として 声をあげなかったという 

8月8日 長崎の被爆者 下平作江さんの証言を聞いた
母を求める8歳の妹を連れ 10歳の少女は焼け跡をさまよう
黒こげの死体が母とわかり、手を伸ばしたら 崩れ落ちた
淡々と語る下平さんの横で 言葉をひとつひとつ 受け取る
通訳ノート 綴られる言葉は何だろう 真っ白になる

8月9日 長崎 城山小学校に行く 
62年前1500人の児童のうち 1400人が死んだ
学校の体育館を埋める 子どもたち
みんな生きている 歌っている 
平和って何? 友だちを思いやること 食べ物を大事にすること
会場にこだまする声 わが子の肌を思う

8月9日 朝鮮人被爆者の慰霊式に参加 すごい人出
高實康稔さんは訴えた
「原爆しょうがない」発言は許せない
同時に 歴史をねじ曲げる 他のたくさんの発言にも
同じくらいの厳しさで接して欲しいと
本式典でも これを聞いてほしかった

高實さんは 「岡まさはる平和資料館」理事長
日本の加害に焦点を置いた 国内随一の場所
長崎 26人聖人殉教地のすぐ近く
日米の学生たちは 原爆資料館とともに
全員ここを訪れる
人間性という言葉が 体を離れていく
足震え 座り込む若者たち
核兵器も 銃剣も 同じ人間が使ったのだ

日本は「唯一の被爆国」と 多くの人は言うが
本当にそうなのか
朝鮮をはじめ 多数の国の人たちが被爆した
今でも世界中にいる
原爆と 核実験の 被害者たち
被爆は日本人だけのものではない 人類のものだ


8月12日 アメリカの大学生 先生を連れ
靖国神社に行く 
二礼二拍手一礼 丁寧に従う参拝者たち
先祖の墓でした作法と同じだ
でも この神社ではできない 私はできない

靖国の遊就館は 軍国主義 ナショナリズム博物館
気になるのは 展示されているものよりも 展示されていないもの
ここには民間人の犠牲は 存在しない
尊いのは 軍人の命だけ 祀られたくない人々も
「岡まさはる資料館」を ここの隣に 作ったらどうか

遊就館に 北村西望の作品があった
長崎の平和祈念像を作った 同じ人だ
特攻兵士をたたえる像だった
アメリカン大の先生は 「矛盾していないか?」と聞く
はい、もちろん。 でも 「平和への願い」の下に
そんな矛盾が まかり通ってしまうことがあるんです

そして今日 降伏の日を迎える
東京下町 深川にて
62年前の大空襲で 
人々が 子ども達が
大火に焼き尽くされた町
となり町の 靖国神社では
国の代表者たちが 頭を垂れている

たくさんの矛盾をかかえ 迎えるこの日
悲しむ人たち 祝う人たち たくさんの思い と 涙
誰も完全ではない ただ互いに学び合い 前に進むことしかない
平和は 自分の中から 創り始める 
終わりのない道 その第一歩を踏み出す

この日 私は 長い間「ごめんなさい」と言えなかった人に
心から謝った 
その人のきれいな顔は 涙でより美しくなった

かけがえのない 出会いへの 感謝の気持ちとともに

聡子

Tuesday, August 14, 2007

(Japanese) Talking about Peace and War with Myriam


This is a report in Japanese by Sayuri Ishimoto, an early childhood educator living in North Vancouver.

戦争体験座談会 Myriam さんを囲んで
(July 21)

子どもたちへの平和教育、私は子どもたちに何を伝えられるのか?何を伝えたいのか?平和教育たるイベントをひらく度にこの疑問にいつもぶつかります。
30代半ばを迎える私は、戦争を知らない大人なのです。そして、私の両親は戦後生まれで、両親から戦争について語り継がれたものは多くはありませんでした。

戦争を体験していない私は、今、イラクで苦しんでいる人たちの生活をニュースで知らされていてもどこまで彼らの苦しみというものを想像できているというのだろう?そんなことを漠然と思いながら、戦争体験者、先の世界大戦を体験している人たちからもっともっと体験談を直接ききたい、そういう思いが膨らみ、このイベントを我が家で企画しました。ゲストはオランダ出身のミリアムさん。彼女とは私が今通っているカレッジの幼児教育のクラスで出会いました。彼女は高齢で足が不自由にもかかわらず子どもの教育に深い愛情と情熱を持った女性で、普段のクラスでも発言一つ一つに彼女の体験からくる智恵、豊富な知識が感じられます。そんなミリアムさんも戦争が生み出した苦しみをご両親を通して体験した一人でした。

座談会はミリアムさん本人の希望もあり、少人数で行いました。会には、計9名が参加しました。参加メンバーは幼児教育、平和教育に興味を持つ人をはじめ、バンクーバー9条の会のメンバー、今回のような会に参加するのは初めてという人も数名交じり、「戦争はなぜ起こるのだろう?」という素朴な疑問から「平和教育を幼児にするには?」など、ミリアムさんを囲んで体験談を交えながら幅広いディスカッションがもたれました。ディスカッションをしながら各々が自分の胸に、戦争とは?平和とは?ということを自分の問題として深く問えることが出来た時間だったと感想を参加された方からいただいています。私自信、体験談が持つパワーと言うものを深く感じました。参加された皆さまに深く感謝します。

主なディスカッションの内容は以下の通りです。(ポイントごとにまとめました)

“戦争で死んでいく大半は何も大砲や銃で撃たれた者ではなく、食料や薬が手に入らず飢えと病気で死んでいくもののほうが多かった。食料を手に入れるということがどんなに大変なことだったか、、、、。”ミリアムさんの体験談

“戦争は私の父のプロのサッカー選手になりたいと夢を奪った。父は兵士として戦争へ行き、戦後生き残った彼は、まるで魂が抜けた人生を送った。母は戦争中、食料を手に入れるためには死を覚悟してさまざまな行動に移していった。彼女の勇気に家族は支えられた。彼女は彼女の持つ能力を最大限に活用していくなかで食料を手に入れることが生きがいになっていった。それが、戦後、女性の地位が確立されていない世の中で再び専業主婦として生きていくことに苦痛を感じさせることになった。”ミリアムさん体験談
“戦時中の体験から、両親とも鬱などがひどく、幼い私にも深く影響した。そのとき受けた影響は自分の子どもや孫にも引き継がれたと思うことが多々ある。ネイティブインディアンたちで言われている格言がある。戦争の本当の痛みを癒すには7世代というジェネレーションを経てようやく癒される。韓国人や中国人が持つ対日感情もかなりの時間と世代がかかるだろう。” ミリアムさん体験談


“戦争はなぜ起きるのか?Envyという感情が戦争を起こすのでないだろうか?もっと欲しい、隣のやつらよりももっといいものを、、、という感情。それがそもそもの戦争の始まりなのでは?裕福な人たちが自分たちの利益を守ろうとするところにも問題がある。”

“私たちは発展途上国の人たちから見れば裕福な生活をしている。そのことにすごく罪悪感を感じる。例えば、輸入された食品を自分たちが食べている。それが意味することはどういうことなのか?自分たちの生活は発展途上国の人たちの犠牲の上になりたっているということを自覚することは大切なことだと思う。”

“平和教育を幼い子どもたちに行うということについて深く考える必要がある。幼い子どもたちにはまだ反戦教育というものを学ぶには準備ができていない。幼い子どもたちは、人間としてのベースである、共有するということ、相手に思いやりを持つこと、悪いことをしたらごめんなさいを言う、相手の失敗をゆるすことなどを学んでいる段階なので、それに見合った平和教育が必要なのではないか?”

“発展途上国の貧しい人たちが戦争の大きな犠牲者であること。戦争は貧しい国が舞台になりやすい。先進国に住んでいる人たちは自分の身に降りかかってこないと戦争が現実に起こっていることも所詮他人事になりやすいから無関心になりがちなのかも。”

“日本は単一民族から成り立つことが理由なのか、多様性というものに対応できないところがある。それに比べバンクーバーでは小さいときから多様性を尊重するということが大変重要視されている。平和創生を考えるとき、この多様性というものを受け止め尊重できるかは大きな鍵なのではないか?日本の若い人たちがバンクーバーなどで留学し、それらについて学ぶことは素晴らしいこと。日本においても積極的にそういったものを取り入れることは望ましいのでは?”
石本さゆり